第137話 気をつけて行っておいで

 予想通り、備えあれば憂いなし――のんびりとお茶を飲みながら、報告を受けたベリル国王は頬を緩めた。視線を向けた先で、将軍職を預かる王弟クリストフが頷く。


 窓の外は夕暮れ、明日の騒ぎを知らぬげに夜は徐々に近づいていた。


 アゲート国の誘いに乗らなかった5カ国のうち、3カ国は婚姻による繋がりがある。彼らが動けば、残る2カ国も話に乗るはずだ。自分達が負ける危険性が少ないと判断し、分け前を得ようと欲をかく姿は分かりやすい。多少の情報操作は必要だが、我らベリルが油断していると思い込ませた。


 開戦は明朝、夜明け前だろう。森に展開する敵は、自分達の進軍が丸裸だとは知らず、明け方の油断しがちな時間に攻撃を仕掛ける。読めた手の内を目の前の地図に追加した。海の上を歩くわけに行かない敵軍は、ベリルと違い海軍も持たない。


 事前に商人達の船を抑えたため、帰港した船の管理は万全だった。今から出港すれば、ベリル海軍に沈められる。補償金を手に、商人達は酒でも飲んで夜を明かす。それから武器や塩の売りつけに邁進するはずだった。戦は商売の好機だ。


「兄上、私は軍の指揮で留守にしますが」


「ああ、気をつけて行っておいで。明日の夕食にお前の好きな魚の包み焼きを用意させるから、早めに帰るように」


 遊びに行く弟を見送る兄、そんな気やすい声掛けにクリストフは苦笑いした。


「私はもう子供ではありません」


「ならば魚は食べてしまうぞ」


「それはご容赦を。夕食までには戻ります」


 くすくすと笑いながら、兄弟は手を振り合った。商人のユルゲンがもたらした伝言のとおり、クリスタ国へ鳥文を送った。彼らも今頃は開戦したか。どちらも頑張ろう程度の感覚で送った文は、予想外の形を取って返ってきた。


「失礼いたします! ただいま魔国の宰相閣下がお見えに……」


「魔国の?」


「宰相、か」


 クリストフが首をかしげ、兄王も不思議そうに呟く。直接の交流はほとんどないが、このタイミングで尋ねてきたなら戦がらみだろう。念の為に軍の指揮を別の将軍に委ねる指示を出し、兄王は玉座で姿勢を正した。


 案内されたメフィストは、正装だ。軍服に似たキッチリと襟を閉じた禁欲的な服は、勲章や階級を示す飾りが並び、臙脂色に金房が揺れる豪華なものだった。眼鏡ごしに見える赤い瞳は暗く、口元は笑みを浮かべている。すらりとした長身を飾るマントを風で捌き、優雅に膝をついた。しかし頭は下げない。


 魔族が頭を下げるのは、己が主君と認めた者にのみ。挨拶で会釈することはあっても、公式の場で他国の王に頭を下げることはなかった。その慣習を知るベリル国王は鷹揚に頷く。


「突然の来訪、大変失礼いたしました。先触れなく転移しましたのは、クリスタ国王太后カサンドラ様の指示によるもの。同盟国クリスタの王ベルンハルト陛下のご意向により、援軍をご用意いたしました。転送の許可をいただきたく」


「援軍?」


 遮るようにクリストフが呟く。有難い心遣いだと思う反面、クリスタ国も13カ国連合と戦っているはずと眉を寄せた。他国に援軍を出している場合ではないだろう。そんな懸念を払拭する一言が広間に響いた。


「戦場が足りず困っておりました。ぜひ受け入れていただきたいのです」





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