第136話 間に合ってます

 魔王イヴリースに最終決定をもらうため、牢内の掃除リストを手に現れたメフィストは、予想外の仕事に溜め息をついた。


「私はこれでも魔国の宰相なんですけれどね」


「よろしく頼む」


 ルベウスの将軍に貸しを作るのも悪くない。そんな悪びれたセリフを吐いたものの、メフィストは手早く魔法陣を作り上げた。ルベウスの魔術師は今回の150人規模の移動で魔力不足に陥り、しばらく転移は使えない。だが明朝に、離れたベリル国が襲撃されるため兵力は送りたかった。


 そんな葛藤するベルンハルトの前に、うっかり挨拶に立ち寄ったのがいけない。ちょうどいいとばかりにカサンドラに捕まり、あれよあれよと転移の仕事を押し付けられた。普段から理不尽な魔王の尻拭いを担当してきた側近は、諦め半分で事情を聞いて肩を竦める。


 戦場が足りないなら、援軍にご帰還願えばよいものを。新たな戦場が出来たのをいいことに活用する方向性に向かうのは、ベルンハルトの外交手腕のひとつだろう。ベリル国に恩を売れば、損はしない。


 海を背負う国家は塩や海産物、真珠の輸出も行っていた。それらを優先的に入手できるルートが確立され、クリスタ国は交通だけでなく貿易の中継地点として栄えるだろう。ルベウスにとっても塩の確保は重要だ。助けに向かうことは双方の利に適っていた。


 個々の能力が高い魔国も、民の移動は転移を多用しない。限られた高位能力者のみの特権だった。であれば、海産物や塩は通常のルートを確立して、外交で仕入れるのが望ましい。新たな産業として、民も街も潤うはずだ。何より……メフィストが気を惹かれたのは真珠だった。


 婚姻式で使うドレスは、黒。白い真珠を縫い付けたら映える上、民にとって手が届かない高級品をふんだんに使ったドレスは、我が侭な主君のお気に召す逸品となるに違いない。転移を手伝う代わりに、多めに融通してもらう算段をつけるメフィストは有能な宰相だった。


 他の一般的な婚姻用のドレスと差をつける方法が見つかり、悩みがひとつ解決した。表情や言葉から受け取るより機嫌よく、メフィストは丁寧な仕事で魔法陣を描き切る。


「すごい」


 素直に感心して眺めるルベウスの宮廷魔術師に、メフィストは淡々と答えた。


「これを固定し、向こう側に同じゲートを作れば……少量の魔力でも行き来可能となります」


 普段から使える転移ゲートを固定設置しましょう。簡単そうに構築された複雑な魔法陣をじっくり確かめ、宮廷魔術師は頬を赤くしてうっとりと魔法陣を眺める。完成された技術はレベルが高く、魔術師として尊敬の念で魔国の宰相を見上げた。


「私を弟子にしていただきたい」


「間に合ってます」


 宮廷魔術師である狼獣人の願いを、素気なく却下する。メフィストは同じ魔法陣を複写し、向こう側に設置すると言い置いて消えてしまった。


「これが常時設置か……いや、屋敷の中だぞ?」


 ベリル国との行き来は便利になるが、屋敷の一室にこのような魔法陣を設置されたら、普段から通路になってしまう。顔を引きつらせるベルンハルトは、後で設置場所の変更をお願いしようと心に決めた。

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