第132話 どうして丸く集まるの?
隣の騒ぎに首を傾げるボティスがぼやいた。
「幻術じゃなくて、森を燃やしてもよかったのか?」
「あとで叱られるよ」
ブエルが少年姿で肩をすくめる。見た目は幼く装うが、数十年を生きたゴエティアの中核だ。向かってくる敵の足元を凍らせながら、退屈そうに欠伸をした。
「獅子になっちゃダメなんだよね」
折角外へ出たんだから、自由に駆け回りたい。そう告げる彼らの右側で、また大きな炎の柱が上がった。明らかに燃えているけど。
「将軍がついてて何やってるの」
「鳳凰がいたから、彼女が暴走したんじゃないか?」
適当な予測を立てながら、怯える敵に距離を詰める。すたすた歩いて近づく少年と男性、たった2人で3カ国の軍を叩きのめしていた。震える敵の数はすでに半数を切り、将軍や指揮官を囲んで円形に守りを固める。
「人間ってさ、どうして丸く集まるの?」
一塊になると攻撃しやすいだけじゃん。そう匂わせる声は、楽しそうな笑みを含んでいる。少しずつ距離を詰めるたび、じわじわと後退りする「にわか連合軍」を追い詰めた。この森、その先は崖じゃなかったかな。
「うわっ、これ以上下がれないぞ」
「崖だ! 右、いや左へ逃げろ」
騒がしくなった後方の声に、慌てふためく軍の指揮官が声を張り上げる。
「左だ!」
ボティスが幻炎で牽制するため、逃げ場が限られた連合軍は左へ移動を始めた。その先は……
「崖があるってことはさ、滝も近いんだよね」
高低差がある場所に並び立つことが多い風景だ。風を操る獅子であるブエルは聴力が優れている。すでに水の匂いも嗅ぎ取っており、滝の激しい水音に耳を澄ました。
「そろそろかな」
逃げ場を失った敵は、前に進むしかない。窮鼠猫を噛むというが、まさにその状況が迫っていた。
「獅子になったらバレるかな」
「陛下に叱られても庇ってやらんぞ」
魔王イヴリース直接の命令だったっけ。がっかりした様子で肩を落とすブエルに、ボティスが苦笑いした。
「覚えたての剣術を磨いたらどうだ?」
「うーん、実戦だと心許ないから爪は許されるよね」
補助武器として左手の先だけ獣化しちゃおう。ぎりぎり第二形態ってことで。そんな言い訳を口にしたブエルの左手が獅子の爪と毛皮を纏う。ひと回り大きくなった腕を振るう子供は、アンバランスさを感じさせない。右手を空中に突っ込み、収納から剣を取り出した。
「全部処分しちゃおう」
捕虜にすると扱いが面倒だし、折角メフィストが牢を片付けてるのに……送り込んだら叱られそう。子供らしい発想でブエルは慌てふためく敵に突っ込んだ。手の届く範囲の敵をなぎ払い、逃げようとする者の足を風で切り裂く。悲鳴と血の臭いが充満する場で、返り血に塗れながら子供は笑った。
「あ〜あ、散らかすと片付けが大変だぞ」
文句を言うボティスは、突然切りかかってきた剣を右腕で受け止める。袖の内側に隠した短剣が、きんと甲高い音を立てた。炎を扱うばかりで戦えないと判断した敵兵が群がる。にやりと笑ったボティスの口が大きく裂けた。覗いた牙の鋭さに、尻込みした兵士が後退る。しかし一瞬で距離を詰めたボティスの短剣が、兵士の首を掻き切った。
「近接戦闘は得意だから、少し指南してやるよ」
生き残ってたら次の戦に生かせるんじゃない? 嘯いてボティスは血に濡れた刃を、敵の軍服で拭った。
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