第131話 君を自由にさせ過ぎたのかな
近づく先頭の男に対し、一撃で腹を切り裂く。金属音はなく、鎧は薄い紙のようにバールの一撃を通過させた。中身の男を二つに裂いて、剣はわずかな返り血を滴らせる。
「うーん、久しぶりすぎて腕が鈍ったわ。マルバス、帰ったら訓練に付き合ってよ」
「構わないぞ」
近接戦闘を得意とするマルバスは、両手に短めの剣を構える。魔法や索敵中心に戦うアモンを護る技術を磨いた男の腕前は、魔王軍の中でも五指に入った。
バールは複合型の戦いを好み、魔法も剣もそこそこ使う。だが彼女自身のもっとも優れた能力は、敵の位置や状況を含めた戦場の全体像を把握して行う指揮だった。優れた采配により、特殊能力をもつ敵も簡単に退ける。彼女が将軍職にあるのは、この才能ゆえだ。
「さっきの切り方じゃ刃毀れするぞ」
「やっぱり……手応えが重かったわ」
バールが苦い顔で、次の男に刃を突き立てる。喉を貫いた刃を軽い所作で左へ抜いた。すぱっと軽い所作で切ったように見えるが、人の首の骨は太く簡単に落とせない。それを片手でこなした彼女は、骨の継ぎ目を抜けた刃を引き寄せて確認した。
カンカン甲高い音をさせて、剣をぶつけ合うことはしない。剣の鋼を打ち付け合う戦いは、下の下だった。腕が上がるほどに敵の刃を受ける回数は減り、剣への負担は減るものだ。
「囲んで倒せ」
「殺せ」
仲間を殺された敵は、生け捕りを諦めた。元から無理な話ではあったが、軽装の女がここまで強いと思わなかったのは当然だろう。油断していた気持ちを引き締めたことで、兵士達の顔つきが変わり、構えから隙が減った。
「アモンは下がって」
マルバスが後ろにアモンを庇い、両手の剣を上下に構える。体の正面に剣を左右に並べた所作は、守りながら敵を排除する彼の戦い方に特化した構えだった。
後ろでアモンが守護の魔法を振るい、森がざわりと動く。蔓が手を伸ばし、人間達の背後に迫った。だが飛来する大きな魔力に気付いて、その手を引く。
ばさ……翼の音がして、周囲が灼熱に包まれた。バールに群がろうとした男達が一瞬で蒸発する。骨すら残さず消えた足元に、わずかばかりの灰が舞った。森の木々はほとんど無事だ。ボティスの幻覚と違い、こちらは本物の炎だったため肌を掠めた高熱に、アモンが地面を尻尾で叩いた。
「なんなの! 熱いじゃない」
「落ち着いて、ほら」
氷を作り出して冷やすマルバスが苦笑いし、空中に舞う鮮やかな鳳凰から彼女を庇うように立った。
「あらやだ」
バールが慌てて軍服に着替えようとするが、間に合わずに鳳凰は人化してバールの両手を掴んだ。向かい合った状態で、手首を掴まれた女将軍はごくりと喉を鳴らす。
「ねえ、バール。こんな……扇情的な格好で、他の男の前に出るなんて。僕が寝ていた間に随分と危険なことをしてたんだね」
「ち、違うわ。えっと……その」
言い訳が咄嗟に浮かばず、助けを求めるようにマルバスとアモンに視線を向けるが、そっと逸らされてしまった。
裏切り者! 叫ぶバールの心の声を知ってか、バラムの笑顔が深まっていく。逃げ道を塞ぐようにぴたりと身体を密着させた。
「僕は君を自由にさせ過ぎたのかな」
敵以上の恐怖に顔を引きつらせる女将軍は、そのまま戦場離脱となった。
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