第129話 認めるしかあるまい

 魔王城に置き去りにした愛剣を呼び出す。名を呼ぶ声なき響きに、魔力を帯びた剣は嬉々として応えた。


 目の前に鞘ごと現れた剣は細く、装飾が施された芸術品だ。空中に浮いたまま、主君の手が伸びるのを待つ剣の柄を左手で、鞘に右手を滑らせた。


「抜剣を許可する」


 するりと衣を脱ぐように、鞘を払う右手の動きに合わせて鞘が消えた。光りながら消える鞘の間から、磨かれた刃が姿を見せる。普段は滅多に抜かぬ剣だが、竜殺しの剣技を見せてもらった礼だ。敵に不満はあるが、イヴリースは鞘から抜けた剣を軽く振るった。


「美しい、な」


 思わずという様子で、アウグストが声をこぼす。青い艶を帯びた剣は柄を含めれば、イヴリースの身長ほどもあった。黒い鋼は青く光を放ち、拵えは逆に白い。白金やオリハルコンのような希少金属に質の高い魔石をふんだんに使用した剣は、儀式や神事に使われる形状に近かった。敵の鋼と打ち合えば折れてしまいそうなほど細い。


「ありゃ、高く売れそうだ」


「……すげぇ」


「あの石ひとつで一生暮らせるぞ」


 人間達の目は、豪華な装飾品に囚われた。だが剣の真価は刃そのものだ。珍しく両刃ではなく片刃で造られた剣を、イヴリースは上に掲げるように構えた。


「死にたくなければ、下がるが良い」


 ざわりと揺れたが、誰もが我先にと剣に群がる。奪えばひと財産だ。その意識と欲が彼らの思考を鈍らせた。


 少し考えれば分かっただろう。魔王が警告を発した意味を、そして長く振り回しづらい剣を上段で構えた所作も……。


「警告はしたぞ」


 次の瞬間、剣を下に振り下ろした。いや動きはひとつではない。しかし振り下ろした残像しか見えなかった。アウグストは見開いた目に、魔王の剣技をしっかりと焼き付ける。この場にいた者で、その動きを正確に把握できたのはアウグストだけだろう。


 最低限必要な動きで敵の首を落とし、流れるように移動する。その動きの速さと正確さに、アウグストは動けなかった。もし自分に向かってきたら、弾くのが精々だろう。とても打ち合いなどできない。初撃を防げたとしても、次の突きで喉を貫かれるはずだ。


 瞬きする間に数十人を倒したイヴリースは、凝視するアウグストへ優雅に一礼した。まるで剣の舞を披露した騎士のように。


「はっはっはっ……これは認めるしかあるまいな、婿殿」


 魔力頼みのひょろ長い男に娘はやれぬと拒んできたが、これほどの剣技をもつ実力者ならばよい。アゼリアが惚れたのも、こういう部分だろう。昔から自分より弱い男に嫁ぐのは嫌だと豪語する、強気な娘だった。その子が認めた男か――ようやくアウグストも理解した。納得せざるを得まい。


「残りは義父殿と等分でよいか」


 娘の夫である婿と呼んだ男へ、イヴリースは口角を持ち上げた。怯えた様子で後退しようとする敵の軍を見据え、アウグストの判断を待つ。常に頂点に立ち、他者の機嫌を窺う必要のなかったイヴリースにとって、これは最大の譲歩だった。


「婿殿の判断に任せる。俺は暴れられれば満足だ」


 豪快に笑い、アウグストは叩き切るために使う竜殺しの剣を大地に突き立てた。

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