第128話 竜殺しの名は伊達ではないぞ

「敵は2人だ! 囲め」


 先頭を走る将軍らしきマントの男が叫び、騎馬隊が左右に分かれる。アウグストとイヴリースは一瞬だけ視線を合わせ、左右に展開した。互いの力量を疑うことはない。


 もしアウグストを足手纏いと判断すれば、イヴリースは彼の斜め後ろに控えるつもりだった。魔法陣で補助して死なせなければ、婚約者のアゼリアに対して面目が立つと――しかし先ほどの風を起こす剣の振りに考えが変わる。老兵といえど実力はトップクラス、ならば並び立つ方が楽しめるというもの。互いに似たような思考を確認しあい、彼らは単独で敵に対峙した。


「愚かな」


「分断される状況を自ら招くなど、死にたいらしい」


 アウグストもイヴリースも軍を指揮する立場にいる者、どちらも人の上に立つ地位を得た者だった。故に、常に末端まで意識する癖がついている。


 兵士の練度が高ければ、このような作戦にも対応できるが、まだ新兵が多い群れは右往左往していた。数の多さで押し切ろうと考えたなら、愚かさも極まれり……生き残れはしない。


「竜殺しの首をとれ」


「舐められたものだ」


 溜め息まじりに剣を構えるアウグストは、大きく右肩を後ろに引いた。顔の横に剣の刃が並び、動かしにくそうな姿勢に思われる。ちらりと状況を確認するイヴリースは、感心していた。あの姿勢は、敵を一撃で排除する構えだ。剣に流し込まれた魔力量も多く、刃の表面に刻まれた魔法陣が淡く光っていた。


 常時展開の結界を1枚追加しておく。その間に目を細めて敵を牽制しつつ魔力を流し続けたアウグストが、呼吸方法を変えた。大きく吸い込んだ息を長く細く途切れぬように吐き出す。すべてを吐き切ったタイミングで、アウグストの足が前に出た。


 周囲を囲む騎馬隊は20人余り。かつて竜を倒した英雄を囲むには少なく、だが年老いた亡国の宰相を捕らえるなら多い。踏み出した一歩目を軸として、アウグストの腕が大きく振り抜かれた。


 刃先が届く範囲にいない馬が嘶いて、己の上に座した騎士を振り落とす。直後、目の前に迫った剣を叩き落とそうと数人が剣を抜いた。残った者は左腕の盾を眼前にかざす。ぐわっとアウグストの身体が数倍に膨らんだように見えた。


 耳障りな金属音が大きく木霊し、鎧や盾を切り裂かれた男達の悲鳴が戦場に響き渡った。血を流して転がる騎士は、もう戦う気力も意思も折れている。転がった盾はへしゃげて原型を留めず、剣はヒビが入り曲がった。鎧の胸当や肩に残った一閃の跡がアウグストの放った一撃の激しさを物語る。


「ふむ……やはり多少腕が鈍ったか」


 踏み込みが甘かった。肩をぐるぐる回して解しながら、アウグストは嘆く。かつての力を取り戻すべく、もう少し鍛えよう。ついでに我が軍の兵士や騎士も一緒に鍛えればよいか。恐ろしいことを考えながら、隣でまだ囲まれたままの男を振り返る。娘婿となる魔王へ向け、にやりと笑った。


 竜殺しの名は伊達ではないぞ――そう告げる男に、イヴリースはくつりと喉を震わせる。なるほど、義父殿の挑発か。受けて立とう。久々に剣を握る気になった。

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