第87話 美学優先の捻くれ者

 無礼を咎めるより早く、イヴリースの周囲をぐるぐる回る。バラムの異常な行動はいつものことなので、バールは肩を竦めた。そのうち手に何か魔法陣を呼び出し、弄りながら観察を続けた。居心地悪そうにしながらも、イヴリースは好きにさせる。


 エルザに触れると攻撃対象になると学習したため、眺めて観察するに留めたバラムは、手元の魔法陣を弄りながらため息をつく。


「確かに禁呪みたいだけど、随分いじくり回してある。驚いた。僕でもやらない」


「バラムに言わせるなんて」


 眉を寄せるバールの反応に、メフィストは妹にそこまで言われる兄バラムに呆れる。兄と呼称せず、名前で呼ぶのも何らかの理由があるのだろう。


「戻せるか?」


 膝をついて、倒れた彼女を抱き起こしたい。そう考える自分の思考が、何かに引きずられている。自覚すれば、抗うことは可能だった。強く拳を握り、手のひらに爪を立てるイヴリースがバラムに話しかけた。周りを歩いていたバラムの足が止まる。


「うーん。研究対象に呪術師をくれるなら、やってみよう」


「失敗は許さない」


 やってみるでは済まない。もし失敗したら一族もろとも、いや魔族ごとこの世から消滅させてやる。イヴリースの怨嗟すら滲む低い声に、バラムは怯えることなく頷いた。


「僕は見くびられる低レベルな研究者と違うし、己の腕に自信も持ってる。疑うなら他の奴に頼め。無理だろうけど」


 他の研究者では解呪できないと言い切った。同時に自信を滲ませた笑みを浮かべる。それから足元のエルザを見下ろし、吐き捨てた。


「こんな低俗な魂に、あんな輝きを押し込んだらパンクする。それを狙ったのかな? どちらにしろ、美意識に欠ける行いだ」


 僕の美学に合わない。呪術を使うなら、成功すること前提に依代を選ぶべきだ。ぼやきながら、バラムは妹バールを振り返った。


「どうするの。やる? やめる?」


「やる」


 アゼリアを助けろと当たり前の言葉は不要だ。魔王候補だったバラムの評判は、イヴリースの耳にも入っていた。方向を誤らずに努力すれば、魔王になった男だ。バラムの手に負えなければ、他の魔族には無理だろう。


 魔王イヴリースの決断に、くるりと踵で回って戯けた一礼をするバラムが首をかしげる。道化師のような雰囲気で、人差し指で魔王を指差した。


「他人事じゃなくて、あんたも呪術を解かなきゃダメだ。誰かと繋がってるからね。それを解いて、呪を叩き返す。二重の仕掛けだって言ったろ。両方同時に解除しないと、輝きが分散しちゃう」


「っ、わかった」


 イヴリースは緊張と恐怖に表情を硬らせた。先ほどバラムは、エルザを低俗と称し、移されたアゼリアの魂を輝きと称した。失敗すれば輝きが分散する――そのまま解釈するなら、アゼリアが戻せなくなる。


「バール、問題児ですが役には立ちそうですね」


「そうでしょう? 頭は悪くないのよ、ただ性格が捻くれてるだけ」


 実の妹にここまで酷評される兄も珍しい。それでもバールの口調や声に嫌悪はなく、仕方ないと見守る穏やかな色が滲んだ。

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