第85話 兄を煽る妹のお手並拝見

 魔王候補に名を連ねるほどの実力者だが、とにかく気分屋だった。不死鳥という魔族でも高位種族の本家に生まれ、その優秀さは比する者がないと褒め称えられた彼は――働いたら負けだと意味不明の言葉を残し、火口で眠りについてしまった。


 別名鳳凰と呼ばれる彼らは、眠りにつくと数百年単位で起きない。そんな兄を、火口に飛び込んで引き摺り出した妹は、同じ色の金髪をかき上げて言い聞かせた。


「いい? バラム兄様。とても複雑な呪術で、過去に禁呪に指定されたの。前の魔王様が封印したほどの呪術だけど、兄様には荷が重かったかしら。だったら仕方ないわ」


 火口に戻してあげると笑う妹バールは、兄の厄介な性格を上手に煽った。お前程度の実力では、この呪術を解けないだろうと馬鹿にしたのだ。むっとした顔で、バールに似た面差しの男は床の上に座り直した。無精髭が生えた顎を、指先で燃やしていく。


「やる気にしましたわ」


 得意げなバールは知っていた。兄が無精髭を剃るのは、研究に乗り気な時だけ。炎を使って髭を消すのは、それだけ気持ちが急いている。短剣を取りに行く手間すら惜しんだのだから。


「資料」


「メフィスト、どこにあるの?」


 言われて、慌ててまとめた資料を複製して渡した。メフィストから受け取ったバールを経由し、バラムは舐めるように端から端まで読み込んだ。一言一句記憶しているのかと思うほど時間をかけて読み、資料を指先で燃やしてしまう。


 複製を渡してよかったと安堵しながら、床で肘をついて考え込む男を見下ろす。ぼろぼろの服は、それだけ長く火口に寝ていた証拠だった。稀代の天才と呼ばれた魔術の申し子は、途中で何を思ったか。呪術へと研究の矛先を向けた。幸いだったのは使う方ではなく、解呪に興味を示したことだ。


 記憶の中にある様々な知識を総動員するバラムが、伸び放題の金髪をぐしゃりとかき乱す。眉をひそめたバールが手早く髪を後ろで結んだ。


「依代と対象、どちらに会える?」


 両方に会わせろと言われたら難しいが、今の選択肢なら依代である元聖女のエルザだ。メフィストが自ら案内に立った。


「案内しましょう」


 床に座る彼ごと、バールも含めて地下牢へ飛んだ。捕まえたエルザは、石床に敷いた絨毯の上に転がされていた。激痛に意識が保てないのだろう。見事な赤毛を絨毯の上に散らし、健康的に日焼けした肌を薄いワンピースに包んでいた。


 気絶した状態の彼女をじっくり眺め、バラムが不思議そうに首をかしげた。


「中に入れるか? 確かめたいことがある」


 見た目はアゼリア姫だが、本人ではない。外見と魂の一部を奪った紛い物である以上、触れさせても問題ないだろう。そう判断したメフィストが牢の鍵を開けた。長年寝ていた弊害で足がまだ動かないバラムが、這うようにエルザに近づく。


 匂いを確認するように鼻を動かし、目を閉じて考え込む。無造作に伸ばした手で赤毛に触れた。

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