第84話 呪術の専門家を起こしたわ

 魔王の命を受け、動き出す魔王軍の重鎮はそれぞれに散った。伝手を頼り呪術の知識を探る者、原因となった場所を探す者、依代とされた少女の過去を探る者……様々な思惑で動く彼らが集める情報を待つしかなく、メフィストは地下牢へ足を運んだ。


 幻術を得意とするダンダリオンは、現在魔王の影武者として執務室にいる。慣れた様子で署名する姿に、魔族はまだ王の不在に気付いていなかった。早く片付けなくては、バランスが崩れてしまう。


 魔王は常に最強でなくてはならず、イヴリースの精神が崩壊すれば魔王は新たに選出される。初めて心許したアゼリアの死に、イヴリースは耐えられないだろう。どんな手段を使っても、イヴリースを守らなければならない。


 彼以外の魔王に膝を折る気はない。自らが王になろうとも思わない。消滅するまでイヴリースの優秀な手足でありたかった。自分のために、彼が折れる要因は看過できない。


「あの人に、こんな一面があったとは」


 意外だった。同時に、ほっとする部分もある。冷たく常に公平な主君だった。良くも悪くも彼は贔屓をしない。どんな配下であろうと同列に突き放し、同列に評価する。だからこそ特別になりたいと配下は励み、彼はそれを淡々と捌いた。


 メフィストが側近としての地位を固めるまで12年、ここまで仕えてもイヴリースは不要と断じたら即座に切り捨てるだろう。だからこそ主君と仰ぐ価値がある。魔族として実力を評価された証が、今の地位なのだから。


 そんな魔王が唯一の存在を作った。最初は戯れに連れ帰ったと思った女性を、妻にすると言い出した時……がっかりしたのだ。だが、彼女を得てさらに強さを増したことで、アゼリア嬢は魔王の一部として受け入れられた。


「ご報告申し上げます」


 ばたんとノックもなしに入室したのは、マルバスだった。持ち帰った情報を置くと、一礼してすぐに出ていく。続いてアモン、ウァレフォルが報告に訪れた。彼や彼女らの持ち込んだ情報を、メフィストは感情を交えずに記録する。


「呪術の専門家を起こしたわ!」


 奇妙な言い回しで情報以外の物を持ち込んだのは、女将軍バールだった。種族特有の褐色の濃い肌と炎のように煌く金髪の美女は、引きずってきた男性を床に転がす。


 禁欲的な軍服の胸を得意げにそらすが、お世辞にもふくよかとは言えない。筋肉質な男性の方がよほど膨らみがあるだろう。そんな彼女の足元に転がるのは、よく似た容貌の男性だった。


 バールが25歳前後の外見であるのに対し、すこし年上に見受けられた。顔立ちもよく似ているが、バールの方がきつい印象だ。


「兄のバラムです。呪術に詳しく、解除方法を知ってるかも知れません」


「起こした、とは?」


 飛び込んできたときの奇妙な表現を尋ねながら、蹲って動かない男を見下ろす。魔王の片腕と言われるメフィストの執務室へ、女将軍に引き摺られてきた時点で、他の魔族から犯罪者扱いされそうだ。


「寝ていたら起こされたんです。まったく……面白い呪術じゃなかったら、後で酷いからな」


 ぶつぶつ文句を言いながら、彼は眠そうにひとつ欠伸をした。真っ赤な血色の瞳を瞬き、眠そうに眦を擦る。フェニックスの一族に優秀だが気分屋の変わり種がいたことを、メフィストは思い出した。

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