第56話 魔王軍の困惑と噂

 魔王軍は文字通り、魔王に忠誠を誓った魔族で結成された軍隊である。ここで重要なのは、忠誠の先が「魔国」ではなく「魔王個人」にある点だった。魔王が何らかの理由で退位すれば、魔王軍も解散される。もし魔王が追放の憂き目にあえば、最後までついていく覚悟を決めた崇拝者の集団なのだ。


 そんな熱烈な魔王信者の頂点に立つ女将軍バールは、預けられた獲物を前に困惑していた。人間にしては整った顔をしている……たぶん。直したばかりの首は、物理的にも命の面でも繋いだばかりだ。一度千切れた断面は荒れており、仕方なく薄く切って表面を平らにして付けた。


 胴体側も同様に切ったため、多少首が短くなったのはご愛敬だ。前に復元した魔馬は、首の長い種族だから目立たなかったが、人間だと違和感が凄い。魔王イヴリースが怒りに任せて千切ったと聞くが、ならば再生させる意味がわからなかった。


 それなりの顔なのだろうが、好みではないので眺めるのをやめて放り出す。牢の中で厳重に、殺さずに生かしておけと命じられた。人間の国で王太子なのだと知ったバールは眉をひそめる。


「これが王太子? 人間って不細工ばかりなの?」


 王族というのは美形を嫁にする。王女ならば外へ嫁に出されるが、王子なら基本的に手元に残すものだろう。王妃や王子妃になるのなら、頭や性格は良くて当たり前。さらに外見も美しい女性を選ぶはずだ。


 つまり王族の子は、必ず美形の遺伝子を持っていなければおかしい。もし不細工な王子や王女が生まれるとしたら、それは不義の子だった。魔族なら魔法で整形した疑惑もあるが、人間にそこまでの魔力はない。


「不義の子なのでは?」


 部下のマルバスが疑問を呈する。彼の目から見ても、美形ではないらしい。自分の審美眼が狂ったのかと心配したバールは、内心ほっとしながら頷いた。可能性としては、王妃が愛人との間に産んだ子かも知れない。


「そうよね、こんな丸い豚が王太子なわけないもの」


「私もそう思いますわ」


 蛇の腰に手を当てたアモンが前髪をかきあげながら同意した。彼女はいわゆるラミアと呼ばれる種族だ。女性しか生まれず、多種族との間に子を成す。下半身が蛇だが、上半身は美しい女性の姿をしており、茂みの中から誘惑するのが手だった。


 マルバスは巨大な獅子である。他の動物が混じっている様子はないが、口から冷気を吐き出して敵を凍らせるのが得意だった。魔王軍の精鋭3人が揃った地下牢は、現在満員御礼である。


「にしても、陛下ったら……この大量の餌をどうするの。誰かへの褒美かしら?」


「王太子を捕らえたなら、人間と本格的に戦うおつもりではありませんか」


「でも、陛下は人間の番様を見つけられたのでしょう?」


 簡単に人間を襲うわけがない。アモンの指摘に、先に疑問を呈したバールとマルバスは「うーん」と困惑の声をあげた。


「番様は人間じゃなくて、獣人とのハーフだと聞いたわ」


 メフィストから仕入れたばかり、とっておきの情報を提示するバールに、横から別の声がかかった。

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