第51話 危険を知らせる急使
街の住人には外出禁止を徹底させた。だから不安になることなんてない。彼は約束どおり、この街と私を守ってくれるわ。そう信じるのに、背筋がぞわぞわと落ちつかなかった。
屋敷の窓際から離れないアゼリアは、ぶわりと全身の毛が逆立つような恐怖を覚える。何かが失われるような……そわそわした気持ちでテラスの扉を開いた。
よく知る実家の庭は心安らぐ風景のはずなのに、胸騒ぎは激しくなる。後ろに母カサンドラが立ち、枠に手をかけた娘の手を解いた。枠の跡がつくほど強く握った手は、整えられた爪が真っ赤になっている。切れていないか確認し、カサンドラは娘に声をかけた。
「婚約者がいないときに傷を負ってはダメよ。魔王陛下が気になさるわ」
「わかってるわ。でも……」
嫌な感じがする。予感というより、確信に近い。何かが起きると肌や本能が感じ取った。
「……っ!」
突然吹き付けた生温い風、その気持ち悪さを超える激しい恐怖に肌が粟立った。反射的に互いの手を握り合った母娘は、小さく頷きあう。何かあったのは間違いなく、それが悪いものだと疑う余地がない。
獣人族ゆえの敏感さで、母カサンドラは部屋にとって返し、ソファに立てかけた剣を鞘ごと投げる。音もなく手に吸いつくように受けたアゼリアが、腰のベルトに剣を下げた。
「いってらっしゃい。あの人には私から説明するわ」
父アウグストへの説明と説得役を買って出た母へ「お願いします」と声をかけて、駆け出した。途中から足が軽くなる。獣の姿に変身していくのが、自分でもわかった。
母カサンドラは狐の姿を褒めてくれた。兄ベルンハルトも、どんな姿であれ妹だと口にする。話しか聞いていない父も、狐でも娘は可愛いと笑い飛ばした。
受け入れてくれる婚約者もいて幸せだけれど、アゼリアにとって獣への変身は到底「可愛い」と思える現象ではなかった。美しい毛皮ならともかく、ただ大きくて鈍い巨大狐なんて……恋人に見せたい姿ではない。
獣人の国ルベウスの民が受け入れても、アゼリアは獣化を好ましいと考えていなかった。ずっと人間として過ごしたのだから、余計に違和感がある。もし諸侯に知られたら、私は討伐の対象になりかねない。
最初の変身で塔に向かった際、衛兵や諸侯の連れてきた兵士に武器を向けられたことは、アゼリアの中で痼となって重く胸に居座る。もしあの狐が私だと知られたら、化物と罵られるのでは……そう思えば怖かった。
それでもまた狐の姿を取ったのは、この胸騒ぎの対象がイヴリースだから。本能が激しく警鐘を鳴らす。番である恋人を失ってしまうと……少しでも早く彼の隣に行け! 激しい喪失感と胸騒ぎは止まない。駆ける足を前に押し出す彼女の向かいから、大通りを全力疾走する騎馬を見つけた。
「アゼリア! 行け! 魔王陛下が危険だ!」
知りたくて聞きたくなかった現実に、狐は尻尾を起こして耳を倒す。全力で走り抜ける妹とすれ違い、ベルンハルトは慌てて馬首を旋回させた。
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