第15話 愚者の行進、休むに似たり
数だけ揃えた寄せ集めの兵に、余った騎士の鎧を貸し与える。この時点で負けの兆候はあった。傷つけずに返せと鎧を預けられた兵は、面倒くさそうに溜め息をつく。彼らは金で雇われた傭兵だった。
豊かな暮らしを求めてこの国に流れてきた難民である彼らは、王城が新たな兵を求めていると聞いて期待に胸を高鳴らせた。しかし実際はどうだ。評判が良い宰相へーファーマイアー公爵家を攻めるという。
「どこで寝返る?」
「この際だ。飯食わせてくれる間はついて行って、公爵領の少し手前で鎧を捨てよう」
ひそひそと交わされる言葉は、上官の元まで届かない。貴族の坊ちゃん達は意気揚々と、光り輝き傷一つない鎧姿で馬に跨った。しかし普段から乗馬に慣れぬ彼らは、落ちないよう鬣にしがみつくため、馬は嫌がって歩こうとしない。
「なんだ、あの
「貴族のバカ息子なんだろ。あんなもんさ」
「あれで戦に行くつもりとは、恐れ入った」
陰口は当人に聞こえなければ、ただの
ある意味、確かに傭兵達は指揮官の鎧に感心していた。傷一つない、つまり一度も実戦で戦ったことないくせに、竜殺しの英雄に仕掛けるつもりらしいぞ! と。
馬の首に手を回し尻を突き出した間抜けな指揮官の後ろを、傭兵達は欠伸しながら続く。その姿に残された王都の民は眉をひそめた。どうみても勝ち目のない彼らに付き合って、王都が戦火に包まれたら?
戦場になるへーファーマイアー公爵領に今から向かうのはリスクが高い。さっと計算した彼らは反対方面の伯爵領や侯爵領を目指した。まともな領主は探せばいくらでも噂がある。
農地改革を推し進めたアードラー辺境伯の元へ向かう者、商業特区で街を栄えさせたヒンデミット侯爵領都を目指す商人。職人達も道具を持って実家のある地域へ散った。
傭兵中心の軍が行進を終えた王都は、逃げ出した民の抜け殻が残るゴーストタウンと化していた。知らぬは王家とゴッドロープ国王についた貴族のみ。
足並みの揃わない軍は、ふらふらと前進する。貴族達はすっかり忘れているが、軍を動かすには金がかかる。傭兵に渡されたのは、銀貨1枚程度だった。契約を重んじる傭兵は前金分だけ働く。
公爵領の入り口まで。それが前金として受け取った銀貨1枚分の仕事だ。それ以上の仕事を望むなら、貴族は彼らに金を払わなければならなかった。傭兵は命がけの仕事である。そのため後払いは利かないのが常識だった。
貴族でございとふんぞり返ったバカ共が、市井の常識を知るはずもなく……彼らの非常識を押し通そうとしていた。
すなわち、平民は貴族階級のために命がけで無償奉仕すべき――この認識の違いにより、王家は滅びへの最短ルートを辿る。もう少しだけ、彼らに思慮があれば……結果は違ったであろうに。
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