第16話 誇り高い魔族ゆえに

 魔王イヴリースに連れ出されたのは、美しい庭だった。豪華な魔王城の装飾品や家具に興味のなさそうなアゼリアを、魔王は自慢の庭へ導いたのだ。


「見事だわ。季節の違う花が一斉に開いて……」


 春から初夏にかけて開く薔薇の根本、冬に開くと言われるノースポールの白い花が揺れる。ビオラに混じってハナミズキが舞う。まるで幻想の世界のようだった。


「魔族は様々な種族がいる。花を咲かせるのはエルフの得意技だ」


「エルフ! 魔法が得意な森の種族ね。お母様に伺ったことがあるわ。とても気難しい方々なのでしょう?」


「気難しいのではなく、誇り高い」


 魔族共通の意識だと前置いた。どの種族も己の一族を誇る。長所はもちろん、欠点も受け入れて愛する者が多かった。そんな魔族についての話を聞きながら、アゼリアは囚われの身であることを忘れて散策する。


 心奪われる光景に、疑問が浮かんでは消えた。それを尋ねるたび、イヴリースは微笑んで穏やかに答えてくれる。今までの生活にない穏やかさに、アゼリアは溺れかけていた。


「失礼いたします。魔王陛下」


 公式の呼びかけをされたら、無視するわけにいかずイヴリースは振り返った。現れたヤギの角を持つ側近へ頷いて発言の許可を与える。


「ユーグレース王家が動きました」


 それ以上の報告は必要ない。最低限の情報を提示して待つメフィストへ、イヴリースはにやりと笑った。


「よほど滅ぼされたいとみえる。余が直々に手を下してやろう」


「そのような瑣末ごとに、陛下のお手を煩わすこともございませぬ」


 すぐに片付けると告げるメフィストへ、アゼリアは優雅に一礼した。ドレス姿であればさぞ美しかっただろう。


「私を実家に帰していただけませんか?」


「アゼリア、なぜ余に頼まぬ」


「だってあなたは帰してくれないでしょう?」


 当然のように言い切ったアゼリアの口調に迷いはなく、黙って様子を見ていたメフィストは笑い出した。一頻り笑うと、失礼を詫びてアゼリアに頭を下げる。


「敬服いたしました。失礼をお詫びします。我が君が選んだ意味が分かりました、アゼリア様」


 メフィストの言葉に驚くイヴリースに、側近は間をとった提案をした。どちらの意見も取り入れた妥協案だ。


「アゼリア様はイヴリース様へ帰宅のお願いをなさって下さい。それをイヴリース様が叶え、ついでにユーグレース王家を倒せば、どちらも角が立ちません」


 突然魔王の襲撃を受けるユーグレース王家だけが割りを食うが、そんな事情はメフィストに関係なかった。彼が気にするのは、主君である魔王イヴリースと見染めたアゼリアの機嫌だった。


「私はイヴリースと、実家に顔を出したいの。家族に何かあれば後悔するわ」


「わかった。余が出向く際、共に参れ」


 側近がアゼリアの味方については、勝ち目が薄い。早々に割り切ったイヴリースに、アゼリアは嬉しそうに笑った。蕾がほころぶような笑顔が見れたことに、イヴリースは満足する。


 優秀な側近を労ってやろうと思ったが、アゼリアの方が一足早かった。


「ありがとうございます、メフィスト様」


「私は魔王イヴリース様の配下、敬称も敬語も不要です」


「お前達、仲が良いな」


 嫉妬するイヴリースにアゼリアは驚き、メフィストは呆れた。

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