第14話 忙しいのに宣戦布告
「っ! アゼリアは俺が取り戻します」
合流したへーファーマイアー公爵家は、騒ぎが起きていた。無言で娘奪還の準備をする父アウグストの様子に、話を聞いたベルンハルトが怒りに声を震わせた。
森の魔物を蹴散らし、盗賊を追い払い、魔王から妹を救ってみせる。意気込む息子の肩をぽんと叩き、アウグストは凄んだ。
「お前は公爵家の跡取りだ。現時刻をもってアウグスト・フォン・へーファーマイアーは、息子ベルンハルトに家督を譲る。わしが行ってくる」
「なんっ! 父上、狡いですぞ」
先手を打たれたベルンハルトが怒鳴る。地団駄を踏んで子供のように悔しがる我が子に、きっちり言い聞かせた。
「ここはわしに譲れ。老い先短い年寄りに花をもたせるのが、若い者の役目だ」
「いえ、こういう場合は父上が残って若者の成長を見守るべきです。俺が行きましょう」
家督を譲ってまで助けに行こうとする父、妹の身を案じて駆け付けたい兄。一般的には感動的なシーンだが、親子の争いに母カサンドラは柳眉を寄せた。獣人国の王女であった彼女は、もっとも魔王の力を知る人物の一人だ。淡々とした口調で彼らに言い聞かせた。
「魔王にその程度の武器は通用しませんし、アウグスト、あなたは私を残して死なないと約束したのを忘れたの? それからベルンハルト、お前では未熟すぎます。魔王城に到達する前に死ぬ気ですか。跡取りの予備はいないのですよ!」
容赦なく現実を突きつけるカサンドラへ、2人は反論に開きかけた口を噤んだ。にっこり笑うカサンドラの手に、通信の魔法鏡が握られている。
「交渉は、私の得意分野です。魔王陛下にきっちりお約束をいただきますから、あなた方は王家の方を向いておいでなさい」
へーファーマイアー公爵家でもっとも怖い女性は、彼らに役割を言いつけると己の両親であるルベウス王家に連絡を取り始めた。ついでに魔王が置いて行った黒い鳥に手紙を持たせる。
この家でもっとも強いのは、政治的な才能を持つ母カサンドラだ。彼女に逆らえない夫と息子は、助けに行きたい気持ちを抑えて深呼吸した。
さきほど彼女は「王家の方を向け」と言った。つまりはユーグレース王家がなんらかの行動を起こすと考えている。対策しないと、魔王に向かった背を撃たれかねない状況らしい。
「あの愚王なら、公爵領を取り上げにかかるか」
「命じられて従う気ですか」
「わしが従うわけなかろう。返り討ちにしてくれるわ!」
かつて竜を倒した父の強気な発言に、ベルンハルトは覚悟を決めた。
「わかりました。父上、へーファーマイアー公爵領を独立させましょう」
先を読んだ息子の力強い声に、アウグストは大きく頷いた。そこへ早馬を仕立てた王家の紋章入りの封筒が届く。まるで魔道具で覗き見ていたような絶妙のタイミングだった。
封蝋が施された白い封筒を乱暴に開き、目を通したアウグストが、飢えた獣さながらの呻き声を漏らす。
「よかろう、宣戦布告と見做す。滅ぼしてやろうぞ」
父の手から受け取った封筒は、国王の署名が入った命令書だった。その内容を読み終えたベルンハルトの顔が怒りで赤くなる。
「徹底抗戦だ! 逃げてくる王都の民の受け入れを急げ!」
執事や部下に指示を出しながら、ベルンハルトが部屋を足早に後にする。放り出された命令書が、ひらりと床に落ちた。そこに記された内容は一方的な通達だ。
『王家の名の下に、へーファーマイアー公爵の爵位剥奪と領地の没収を命じる』
高いヒールで踏み躙った、カサンドラの紅を引いた唇が三日月に歪む。
「こんな紙切れ一枚。我がへーファーマイアーが従うはずないでしょうに」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます