第13話 御伽噺はいつの世も残酷

 魔族の歴史は血塗られている。血族同士で争い、互いの権利を奪い合い、様々な種族を襲った。その混沌とした時代を終わらせたのが、初代の魔王だ。


 魔王という強者が頂点に立ち、方針を示す。魔族はそのルールに従うことを義務付けられた。逆らうならば容赦なく魔王に潰される。


 示された方針やルールに従いたくなければ、力ずくで引っくり返す道が残されていた。魔王に直接挑むことで、近隣の魔族同士の争いは目に見えて減る。そんな好戦的で弱肉強食を絵に描いたような国で、御伽噺は甘いはずがなく――。


 内容は現実に起きた出来事を多少デフォルメしただけの、悲惨な話が多かった。


 人間に捕まり、首輪で魔力を封じられた美しい少女の悲惨な末路。言葉巧みに少女を惑わした魔術師が嵌めた首輪は、少女を苦しめた。やがて彼女は混血の子を産み落とすが、そのショックで気が触れる。狂った彼女の四肢を切り、肉を削ぎ、血を抜いて解剖した標本は今でも魔術師の塔に残される。彼女に助けは来なかった。


 青ざめたアゼリアは、心当たりがあった。その話はおそらく真実を含んでいる。魔術師の塔に美しい赤瞳の目玉が保管されていると、噂を聞いた。ぞっとする話に身を震わせたアゼリアを、温めるようにイヴリースが抱き寄せる。


「嘘だと思うか?」


「……思いたいわ」


 でも嘘だと言い切れなかった。だって噂を聞いたし、魔族と人間が国交を持たないのも事実。きっと人間が犯した罪は深い。


「否定せぬのか?」


「出来ないの、だって知ってるから」


 人間がどれだけ浅ましく、己を高等種族のように振る舞って、他の種族を蔑むか。幼い頃のアゼリアも経験していた。


 まだ領地にいた頃、子供ゆえの未熟さで狐耳が出てしまったことがある。兄と昼寝をした彼女を起こしにきた侍女が悲鳴を上げ、こう叫んだのだ。


「……化物って、言われたことあるもの」


「これほど美しい化物なら、この部屋から出られぬほど余が愛してやるものを」


 ふっと笑いが漏れた。婚約者がいるからと慎み深い生活を受け入れた自分が、さきほど出会った男に拐われ、彼の腕の中で抱き締められているなんて。


「いかがした?」


「なんだか変よね、あなたは怖くないわ」


「罠だと思わぬのか」


「騙されるなら、私が悪いのよ。それに婚約解消を願った時、神様だけじゃなく魔王にも祈ったのは私よ?」


「しかと聞き届けたぞ」


 軽い口調で返されて、届いたわけないのにと思いながら、アゼリアは口角を持ち上げて微笑んだ。


 この男は私を傷つけない。本能に近い部分がそう囁く。ルベウス王家の獣の血を引くアゼリアは、己の直感を否定しなかった。最後に自分を救うのは、自分の持つ本能と直感だと知っている。


「あなたは魔族の王、でしょう?」


「イヴリースと呼べ、アゼリア姫」


 赤い髪を撫でる指先は少し冷たく、しかし心地よかった。大人しく目を閉じたアゼリアはひとつ深呼吸してから目を開いて黒曜石の美しい瞳を覗く。


「姫じゃないわ、騎士でいたいのよ。イヴリース」


 守られ助けてもらうお姫様ではなく、自分で道を切り開く剣を持つ騎士でありたい。臆することなく己を捕らえた男の名を口にした美女に、魔王は穏やかに同意した。

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