後日談97話、ナダとフォルス


 ナダに、どこへ行く途中だったかと聞かれたフォルスは明るく答えた。


「東の国を見に行く途中だった!」

「ほう、東の国か」


 ナダは自身の顎に手を当てる。無精髭が少し伸びていた。


「私の出身も東の国の一つだが……具体的には、どこへ何をしに?」

「適当。とりあえず、東の方を見に行くだけ」


 少年戦士の姿をしているが、中身はまだ幼さが見える。実際、外見以上に子供なのであるが。


「物見遊山か。よい身分だな」


 ナダが言えば、フォルスはチッチッと舌を鳴らした。


「遊びにいくわけじゃないんだなー、これが。いわゆるドラゴンの社会見学というやつ」


 若いドラゴンは、テリトリーを出て世界を見て回るという。あまり知られていないが、時々、外の世界でドラゴンの目撃例があるのは、こういう若手である場合がほとんどだと聞く。

 ナダも、銀の翼商会でドラゴンたちと過ごすうちに知った彼らの風習である。


「見聞を広げようというのだな」

「そっ、見聞を広めるってやつ」

「フォルスよ、それは意味が変わってくるぞ」


 やんわりと指摘するナダ。とかく子供は、それっぽいことを言って背伸びしようとするものである。


「見聞を広げるは、自身が知識や世界を知ることであり、見聞を広めるは、その知識を他人に広めることだ」


 似ているが、言葉一つで意味が逆転する。子供にはまだ難しいか、とナダは思う。成長が早いといっても、ドラゴンである。むしろ人間の言葉を解して、話せるだけでも上等であろう。


「そういう意味であるなら、ボクは間違ってないね」


 フォルスは生意気に言い返した。


「ボクは、東の国のドラゴンたちに会って、ボクの知っている話を広めるんだから」

「ほう、伝言役だったか。それは私の理解が足りなかった。許せ」

「許した」


 フォルスはニコリと笑った。無邪気なのだが、元はドラゴンで、人間の顔で笑うと作り笑いではないが、作り笑いに見えてしまうのは、何故だろうか、とナダは思う。あるいはこう感じるのは自分だけかもしれない。


 そこで、ナダは服を引っ張られた。話についていけていないナギが、後ろから自分を忘れるなと態度で示したのだ。

 フォルスもそれに気づいた。


「それでナダ兄さん、そっちのお姉さんは?」


 互いに十代前半程度に見える姿をしているが、フォルスはきちんとナギが年上であると認識している。……というより、フォルスに比べたら大体年上であるが。


「そうであったな。こちらはナギ。私の従者であり、忍びだ」

「ちょ、若!?」


 いきなり初対面の相手を前に、忍びと明かすことは御法度である。仕事が世間にバレていいわけではない職種の一つなのだ。

 ナギが慌てるが、これにはナダも、彼女がまだ若いなと思うのである。そこを上手くスルーさせる技術を身につけるのも忍びであろうに。


「バカ?」


 フォルスが小首をかしげたので、ナダはすかさず言う。


「若、と言ったんだ、彼女は。若者の若。いきなり罵倒したわけではない」

「ワカ、バカ……うーん似てるねぇ。若者! 馬鹿者!」


 キャッキャッと楽しそうなフォルスである。ナギは、わなわなと震えだした。


「ば、馬鹿にして……! 若様は馬鹿ではない!」

「若様は馬鹿様ではない」


 フォルスは見た目通り子供である。


「ところでシノビということは、カエデで同じかな?」

「あー、そうなるな」


 ナダが、銀の翼商会にいた忍び娘を思い出す。彼女も若いが、ナギに比べるとだいぶ落ち着いている雰囲気だった。単に人見知りというか、人付き合いが苦手、という意味の距離の取り方ではあったが。


「なるほどぉ。だから髪型がお馬さんの尻尾みたいなんだね」

「ポニーテールのことか。そういえば、彼女もそうだったな」


 ナダが思い出すと、ナギが半眼を向けてくる。


「誰ですか、若。そのカエデって女は」

「銀の翼商会にいた忍びだ。貴様と同格くらいはできそうな雰囲気だった」


 とくに何かあったわけではないので、ナダは、カエデと個人的な付き合いがあったわけではない。

 同じ東方系だから、文化的に通じるところがあるのでは、と期待したが、西の国生まれの西の国育ちということで、あまり共通の話題はなかった。

 フォルスは歩きながら言った。


「シノビは、ポニーテールにする。学びを得た!」

「ち、違いますっ! シノビだからポニーテールというわけでは――」


 全員がそうではないと言おうとするナギである。こういうところは律儀というか、上手くいなせない辺り、精神的にはまだまだ未熟。

 とはいえ、旅の暇つぶしとばかりに、ナダはフォルスと歩きながら言った。


「髪が長いのは、忍びにとっては色々使い道もあるという話だ。一見、髪が多いと動きの邪魔になるように思えるが、それで普段は束ねているのだろうが」

「使い道というとー、どんなのがある?」

「そうだな。たとえば潜入する時に髪型を変えることができる」


 見た目の印象を変えることができるのが髪型だ。髪の編み方、リボン一つで雰囲気も変われば、別人のように見えることもある。


「髪を短めにすると、バリエーションが限られるからな。付け毛で足すという方法もあるが、それだとわざわざ持ち歩く必要があるからな。いざとなれば、長いものを短くすることはできるが、逆はできないということだ」


「なるほどー」

「そういえば、髪を使って縄代わりに使ったりもできるらしい」

「へぇ……」

「ちょっと若! しれっとこの子……? と一緒ですけど、いいんですか!?」


 ナギが指摘するが、ナダはフォルスと顔を合わせ、そして笑った。


「旅は道連れ世は情け、というではないか。ドラゴン少年だぞ。この上なく頼もしい」


 どうせ東の国を巡るというフォルスである。歩国へ帰郷を目指すナダとしても、道中を共にしてもばちは当たらないと思うのだった。


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