後日談96話、銀の翼商会にいた男


 ナダという男がいる。

 東方にある『歩国あるくに』出身の戦士である。刀を武器にし、熟練の風格を漂わせている。外見は二十代半ばから三十代といったところだが、実年齢は違う。

 そんな彼は、故郷への旅路を行く。その背後にひょこひょこと少女が付き従う。


「――それで、若。どういう経緯で銀の翼商会に加わったのですか?」


 ポニーテールの少女は、黒装束をまとい、こちらも東方出身の肌色と顔をしていた。少女は名をナギという。

 十代前半にも見える若い顔立ちではあるが、実年齢はもう少し上で十代後半だったりする。

 若、と呼ばれて、ナダは目を細める。


「あれはそう、武者修行の一環で、エンネア王国を訪れた時であった」

「あ、武者修行なのは知っているので、端折れるところは端折れってください」

「……エンネア王国の魔法大会をやっておった頃でな、武術の大会でもあるというので、観戦に赴いた」

「魔法の大会ですよね?」

「貴様が突っ込むと話が長くなるので、必要最小限に留めてくれぬか?」


 ナダが言えば、ナギは「はい」としゅんとなった。


「大会の優勝者は、銀の翼商会の出の戦士であった」

「魔術師の大会ですよね?」

「……」

「続きをどうぞ……」

「そんなツワモノがゴロゴロしていると聞き、己の武芸を極めるために、銀の翼商会を訪ねたのだ」


 感銘を受けたと言ってもよかった。魔法の大会であるのは事実だが、その中にあって派手な魔法を使わず、剣を使って優勝をもぎとったセイジの姿に。


「道場破りですね!」

「違う。ツワモノたちの元で学ぶためだ!」


 ナダは叫ぶように言った。だがすぐに目を伏せる。


「恐るべきことに、そこはある種の魔窟であった……。大会で優勝したセイジ殿以上の、さらなるツワモノがゴロゴロしていたのだ」


 聞けば、かつて魔王を討伐したという勇者とその仲間たち、ドラゴンに、とある国の王族や、有数の殺し屋集団の暗殺者など、実にバラエティー豊かな人材に溢れていた。


「そんな集団に入れたんですね、若」

「いや、本当に運がよかった。何せ、私は最初の試験に落ちたからな」


 大会直後、銀の翼商会に入りたいという希望者が殺到した。大会優勝者のセイジ、そして六色の魔術師の称号を得たソフィアの師事したいという者が多かったのだ。


「落ちた!? 若ほどの実力者が!?」


 ナギはビックリした。国でもナダの実力は相当なもので、彼女が知る限り、一番のツワモノであると信じていたのだ。


「言い方が悪かった。試験というより面接だな。私はそれで落ちたのだ」

「面接……。若、落ちたのですか?」

「そう言っている」


 正直、何がいけなかったのか、ナダはわかっていない。商会だから商人の仕事もすると前もって説明を受けたが、それでも馬鹿正直に、そちらは興味ないと言ってしまったのがいけなかったのか。


「ともあれ、そのように面接で落ちた者たちで、腕のよい者も多かったようで不満も出た。ただまあソウヤ殿――初代銀の翼商会の社長はそれを見越して、武芸者向けの試験をやったのだ」

「あー、なるほど、武術以外の面で落とされたら、そりゃあ大会きっかけで志望してきた人たちは不満ですよね」


 ナギはウンウンと頷いた。


「で、そこでようやく若の実力が認められたわけですね!」

「残念ながら違う」


 ナダは、街道を歩きながら目を細める。


「私は、運がよかっただけなのだ」

「運……?」

「試験は、銀の翼商会の三人の女性との腕試しだった。可憐な乙女たちであったから、侮る者も多かったのだが――」

「凄く強かった、と」

「ああ、強かったな。何せ、試験に挑んだ者たちは、そこで真の強者と出会ったのだ。情けないことに、私は一歩も動けなかった」

「……!」


 今度こそナギは絶句した。


「私は自慢の刀を振るうこともできなかった。ただ大地を踏みしめ、構えるのがやっとであったが……。結果、それで試験を通過し、銀の翼商会に入ることができた」

「立っていただけで、試験を通過……?」


 もうすでにナギは思考が追いつかないようだった。わけがわからないという顔である。


「他の者たちが軒並み、地に膝をついてしまったからな。戦意喪失だ。ただのひと睨みで、な」

「たった、それだけで……?」

「後から知ったが、相手はドラゴンだった。人に化けていたのだがな。竜の威圧を浴びて、私以外は脱落した」


 運がよかったというのもそれだ。あの時、膝をつかず――というか動けなかったのが幸いし、試験をクリアしたのだから。


「ドラゴン! いやまさか――」

「そういう集団だったのだよ、銀の翼商会というところは」


 ドラゴンは、東方でも有名な存在だ。滅多に人前に現れることはないが、テリトリーがあって、会おうと思えば会うことはできる。……ただし、行ったら二度と帰ってこられないとされるが。

 ナギがビックリするのも仕方がない。ナダは、懐かしむように空を見上げ、そして指さした。


「ほら、噂をすれば――」

「え……?」


 ナギも指の示す先を見上げ、目を点にした。

 黒いドラゴンが飛んでいた。それは二人の行く街道の上を通過するかに見えたが、緩やかに旋回すると、ゆっくりと降りてきた。


「!?」

「武器は抜くな」


 ナギがとっさに懐に手を滑り込ませたのを気配で察したナダが止める。ドラゴンとの遭遇は死――向かってくるならばせめて応戦するか逃げないといけないと考えたナギだったが、ナダは落ち着き払っていた。


「大丈夫、私の知り合いだ」


 緩やかに降りてきた黒いドラゴンは、その場で人型――少年戦士の姿となった。


「久しいな、フォルスよ」

「久しぶり、ナダ兄さん」


 影竜の双子、その男の子のほうであるフォルス。生まれて二、三年というが、人間で言うところでは十代半ばに見えるほど成長するのだから、ドラゴンの成長とは早い。これで長寿なのだから、人間の感覚だとバグる。


「こんなところで会うとは奇遇だな、フォルスよ。どこかへ行く途中だったかな?」



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