後日談98話、人間たちは知らない裏の抗争


「魔王軍の残党?」


 ナダが聞き返せば、フォルスは頷いた。


「そーそー、ドラゴンの一族の間では、要注意ということで、警戒しているんだよ」


 聞けば、フォルスが東の国一帯に来たのは、子竜の社会勉強を兼ねて、魔王軍の残党の情報を集めるのも含まれているらしい。


「何かあったのか、フォルス?」

「何でも魔王軍の残党が、ファイアードラゴン一族の絶滅を企んで、ドラゴンの卵を破壊していたんだって」

「卵……」

「そ。狙われたのは、ファイアードラゴン一族だけだったみたいだけど、それで終わりとも限らない。ドラゴン一族絶滅に繋がることだからね。他属性のドラゴンたちも魔族に対して、すっごくお怒りになっちゃったんだよ」


 フォルスは遠い目になった。ナダは考える。


「ファイアードラゴン一族といえば、暗黒大陸を焼き払い、魔王軍を追い立てた好戦的な一族だったか。魔王軍の残党は、報復したわけか」

「そうそう、ほーふく!」


 だがその報復行動が、他属性のドラゴンの危機感を煽り、逆鱗に触れてしまったということなのだろう。


「で、ドラゴンとしても魔族の行動に注意を払っていて、変な動きをするとすぐに潰しにかかるんだけど……」


 むー、とフォルスは唸る。


「そうなると、魔王軍の残党も姿を隠そうとするんだよ。それでこっち、東の国方面に逃げているんじゃないかって」

「それでフォルスがこちらへやってきたということか」


 ナダは納得しつつ、お供のナギを見やる。


「貴様は何か聞いているか?」

「魔王軍の残党絡みですか? いえいえ、何も」


 忍びの少女はブンブンと首を横に振った。


「ドラゴンの一族が、魔族と抗争中ということも、初めて聞きました」

「そうさなぁ。私も今初めて聞いた」


 魔王が討たれ、魔王軍に関わる話は表舞台から消えた。人々は平和を甘受し、場所によっては復興などを進めているが、裏では、魔族とドラゴンが争っていた。


「そりゃあ、ドラゴンからしたら、わざわざ人間に魔族と戦っています、なんて言わないよなぁ」


 銀の翼商会にいた頃、四大竜と呼ばれる上位存在であるクラウドドラゴン、アクアドラゴンを見ている。基本ドラゴンたちは、人間の些細なことは気にも留めない。

 一方で、興味を持つと、とことん構ってくるのだが、要するに相手のことなど無視して自分を優先させる。


 人間が対等の関係を結べると思うのは勝手だが、ドラゴンは人間を含めて各種族を見下しているから、手前の都合を押しつけるのはナンセンスだ。

 対等と認めるのは、あくまでドラゴンがそう感じたならば、という話である。


「ドラゴンたちを怒らせたのならば、それは自業自得ではあるが……。それで戦渦に巻き込まれるのは御免蒙りたいところだ」


 ナダは正直だった。その時、フォルスは、臭いを感じたように鼻をならした。


「……血の臭いがする」

「血か」


 途端に武人の顔になるナダ。ナギもまた視線を鋭くさせた。


「若、先に行きます!」


 そう言い残してナギは、一人駆けていった。さすがに忍びだけあって速い。


「いいの?」

「ナギの腕ならば心配あるまい。とはいえ、我々も少し急ぐとしよう」


 回避するとか引き返すという思考はナダにはなかった。戦士として、異常があれば率先して確認するのが、武人の誉れである。


 街道に沿ってしばし進むと、やがてナギと合流する。襲撃があったのか、馬車だったものが倒れ、また所々に血の跡が散見された。

 ナギがそばにいて、辺りを窺っている様子から、彼女がきた時にはすでにこのありさまだったのだろう。


「賊に襲われた跡か……」


 ナダは眉をひそめる。ナギは振り返った。


「おそらく。でも、死体がありません」


 現場の違和感の原因。争った後はあり、倒れた馬車やその他、痕跡はあるのに、襲われた側なり、襲撃者なりの死体はなかった。


「すでに後処理をした後か」


 生き残りが死体を近くに埋葬するなどし、現場を離れたなどなど。襲撃から時間が経った後のように。


「違うね」


 フォルスは否定した。


「それほど時間が経っていないね。血の臭いが強いし、魔族の臭いもする」

「魔族……!」


 ナギは目を見開いた。一方でナダの表情はより凄みを増す。


「噂をすれば影がさす、というが、本当に東の国で、連中は何かやらかすつもりなのかもしれないな」


 ドラゴンから逃げのびた東の果てで、魔族が動いている。


「若、まだそうと決まったわけではないのでは?」

「どういう意味だ?」

「状況的に魔族が襲ったと決めつけるのは危険かと。この馬車が実は魔族のもので、襲撃者の方が人間の盗賊だったり、何かしら魔族に攻撃的な集団だった可能性はありませんか?」


 思い込みで、魔族が襲撃者と決めつけていないか、とナギは指摘した。魔族と言っても、魔王軍とは無関係の可能性だってある。


「それはないね」


 フォルスは横倒しの馬車によじ登り、中を覗き込む。


「中から人間の臭いしかしない。この馬車は、魔族の持ち物じゃないね」


 第一印象通り、魔族側が襲撃したようだった。では襲われた人間側の死体がないのは何故か?


 人間側が勝った? なら今度は、魔族側の死体がないのは? それとも死者が出るほど戦わなかった? 

 しかし、そう見るには現場が荒れすぎている。倒した相手を動かした跡もある。


「臭いを追えば、わかるかもしれないね」


 フォルスは、街道をはずれ、臭いの方へ歩き出した。ナダもそれに続いた。ナギは驚く。


「若!」

「魔族の目的はわからないが、もし魔王軍の残党絡みであるならば、放置するわけにもいくまい」


 銀の翼商会にいたナダである。初代社長である勇者ソウヤの心意気などの影響を受けた男は、見て見ぬフリはできない男であった。



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