後日談93話、結婚しよう


 ソフィアは、親友であるリアハと魔力式通信の最中だった。話が長くなるのはよくあること。他愛のないお喋りだ。

 その楽しい時間を邪魔されるのは好きではないが、物事には例外がある。


「ソフィア」


 唐突に、セイジが入ってきて、開口一番言った。


「結婚しよう!」

「は……?」


 突然だった。今、通話中なのがわからないのか、という言葉が浮かんだのは一瞬で、次の瞬間には、セイジのセリフが脳内でリフレインした。

 そして頭の中が、真っ白になる。耳もとで、通話相手のリアハの声がするのだが、何を言っているのか理解できなかった。

 結婚しようという言葉が洪水となって、ソフィアの思考を流しているようだった。


『もしもーし、聞いてますかー、ソフィアー?』


 あまりに返事がないために、リアハが確認する声が、ようやくソフィアの頭の中で認識できた。


 ――あー、と、えーと、返事、返事……!


 どっこい、まだ正常ではなかった。


「はい」

『はい……?』


 怪訝な声を出すリアハ。しかしソフィアの視線は、セイジに向いていて、熱心な彼の視線にどぎまぎしながら、頷いた。


 結婚しよう――はい。……もっと他に洒落たことも言えないのか、と後悔がよぎったが、不意打ちから立ち直っていないソフィアには、そこまでの冷静さはなかった。


『ソフィア? 大丈夫ですか? 何か……あった?』

「告白された」


 ボゾリとソフィアは通話機に言った。


「どうしよう、リアハ。私、告白されちゃった……!」

『えっ? ええっ? 告白?』


 リアハの声が困惑に染まる。


『ど、ど、どういうことですか、ソフィア!? こ、告白? 誰から』

「セイジから、結婚しよう、って――」


 連絡をよそに、ソフィアとセイジは見つめ合っている。ソフィアは赤面し、動揺しているのだが、セイジはじっと見つめて動かない。まるで何かを待っているようにも見える。――何を待っているのか。


『セイジさんから、結婚って……。それって、よい話なのでは』


 相手の様子がわからないのはお互い様。セイジとソフィアが見つめ合っている状況と知らないリアハは、通話の向こうで落ち着きを取り戻しつつあった。


『おめでとう、でいいんだよね? ソフィア、返事はどうしたのですか?」

「『はい』って答えたわ」

『それだけ……ですか?』

「ほ、他に何を言えばいいのよ。結婚しましょうに、はいと答えて何かおかしい?」


 通信をやめればいいのに受話器を持ったまま話すソフィアだが、依然としてセイジが近くに立ったまま。……と、唐突にセイジが無言で拳を握った。異世界風に言えば、ガッツポーズというやつだ。


 ――え、ひょっとして最初の返事、聞こえてなかった?


 嬉しさが後からやってきた人のようだった。


 ――じゃあなに、この人。私が返事するまでずっと見つめていたの?


 うわぁ、という気持ちがこみあげてきたが、それは胸の鼓動によってすぐに押し流された。さっきからドキドキしていたのだが、より一層激しく感じる。


 ――私、告白されたんだ……。


 それにようやく理解が追いついてきた。

 待ちに待ったその時は、唐突にやってきた。いつでも来い、なんて思っていたソフィアだったが、いざその時が来たとき、準備も覚悟も何もなかったのを思い知らされた。


 ――ロマンもへったくれもない。どうしてこう大事な話を、こんな何気ないところでぶっこんでくるのよ!


『――おめでとうございます! ようやくですね! よかったじゃないですか』


 リアハの祝福の言葉が、垂れ流される。彼女もまた興奮を隠せないようだった。これまで度々、結婚がー、という愚痴を言ってきたソフィアである。それがようやく叶ったと聞いて、親友を祝福するのは、リアハとしては当然のことだった。


 そこでソフィアは冷静になる。――今、セイジは大事な話をしているのに、まだ通話してて凄く失礼じゃない?


 一世一代の告白を、通信しながら聞いて、あまつさえその最中に了承の返事をするとか。家の人が聞いたら失礼過ぎて怒るのではないだろうか。


 ――そもそも、セイジもセイジで、なんで通信中に告白をしてきたのよ!?


 リアハには悪いが一旦、通信を終えて――ソフィアが思った時、セイジもまた通話中だったことに気づいたようで、急に赤面し出すと、ごめんとジェスチャーしながら、部屋から下がっていった。


 ――もう、何なのよ!



  ・  ・  ・



 やってしまったー!


 ソフィアの部屋を出た時、セイジは頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 ――通話中だったー!


 結婚を申し込もう、ということで頭がいっぱいだったセイジは、ソフィアを見るなり、考えていた言葉をぶつけた。

 自分でも不意打ちだとは思った。しかしじっと見つめ合ったら最後、上手く告白できなくなるのではないかとも思って、初手で言ってしまうことに決めた。


 本当はもっと長くなると思っていたら、言葉としては『結婚しよう』というシンプル過ぎる言葉だけになってしまった。

 結果的にオーケーが出たからよかったものの、相手の通話中に、結婚の申し込みするなんて失礼過ぎる。きちんと告白するべきところだったのに、礼儀知らずにもほどがあった。


 どよーん、とした気分で膝を抱えるセイジ。そこへ料理番のナールが通りかかった。


「あ、旦那ぁ? どうしたんですぅ、こんなとこで。――あ、ソフィアの通信が終わるのを待っているんですかぁ?」

「いや、話は済んだよ……」

「話ぃ? 何の?」

「結婚しよう、って告白」

「はぁあぁー?」


 ナールは一瞬耳を疑い、何を思ったか両腕でセイジを抱え上げた。


「は、何を――」

「おっもっ! ボス。詳しい話は食堂で聞きますからぁ! 元気を出してくだせぇよ!」


 てっきり、告白して玉砕したと思ったナールである。食堂に行き、そこでティス・リゼルやカエデらがいる場で、セイジがソフィアにフラれたなどと話し出したから、セイジは慌てて否定し、結婚が了承された旨を報告することになった。


 そこから先は、お祭り騒ぎだった。



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