後日談92話、1年待ったのだ
声をかけてもらうのを待っているソフィア。
返事を待っているセイジ。
二人がそう思っているのならば、話が進まないのも道理だとサジーは思った。
確かめねば、と思ったが、ソフィアは相変わらず魔力式通信機で長話をしている。兄として、この長通話を打ち切らせ、詰問したいところだったが、どうも通信相手はグレースランドのリアハ姫のようだった。
これでは王族のプライベートな一時を邪魔するのは不敬である。妹のソフィアがダラダラと絡んでいるのなら、喜んで割り込むが、リアハ姫がこの会話――愚痴とも言うが、それを楽しんでいるのであれば、無粋なことはできない。
……サジーは、そういうやや気を回し過ぎるきらいがあるが、王族が絡んでいる以上、リスクは避けるべきという常識は働くのである。
だが、いつ終わるともしれない妹たちの通話を待つのも時間がもったないので、取って返してセイジのもとへと戻った。
「セイジ君! 今、大丈夫か?」
「サジーさん! ……ええ、どうぞ」
書類と睨めっこをしていたセイジは、それを閉じて向き直った。こういう誠実な態度は、非常に好感が持てるとサジーは思う。セイジは平民出身だが、とても礼儀正しい。勇者ソウヤ殿の下で、よく学んだのだろうと感心する。
……が、今はそれどころではなく。
「セイジ君、つかぬ事を確認するが、ソフィアに結婚の話をしたのは、いつの話だ?」
「え……」
一瞬、言葉に詰まるセイジ。
「いつ……って、かれこれ1年になりますかね」
「1年。なるほどやはりか」
「やはり、とは……?」
怪訝そうに首をかしげるセイジ。サジーは真顔で告げる。
「セイジ君、ソフィアに結婚の話をしたまえ」
「?」
「君は、後生大事にソフィアからの返事を待っているようだが、あの妹は、すでにそれを忘れている」
サジーは、ソフィアとの通話で拾った情報を整理した上で、セイジに説明した。
人間は都合のいい方向に考えてしまう。セイジは、ソフィアがその気になるのを待っているが、ソフィア当人は改めてその時にセイジが声をかけてくれると思っている。
結婚の話は男からするもの――というのがエンネア王国の貴族の中では暗黙のルールになっている。女性から告白をするのは、悪いと決まってはいないが、はしたないこと、と言われていたりする。
セイジが明確に、結婚する気になったら話して、とソフィアに約束していない限り、ソフィアが結婚の話を切り出すはずがないのだ。
「ソフィアは引きこもりで、どこまでそういう貴族ルールを知っているのか、私にも見当はつかないが、あれで貴族令嬢。ルールについては敏いところもあるかもしれない。あるいは彼女の知人たちからそういう話を聞いていたかもしれない。……ああ済まない。要約すると、君から結婚の話をしろ、以上だ」
ポカンとした顔で聞いていたセイジは、そこで手を叩いた。
「理解しました。……そっかぁ、彼女、僕が言うのを待っていたんですね」
「すまなかった。もう少し早く私でも気づいていれば……」
「いえ、サジーさんは悪くないですよ! 僕がその辺り、不勉強だっただけで……」
セイジが薄らと自嘲する顔になった。1年待っていた男は、振り返ってあれこれ後悔の種をいくつか思い出したのかもしれない。
彼は平民出だ。友人に貴族はいなかった――ソフィア経由ならいたかもしれないが、それはそれ、である――から、身分による常識に疎かったのだろう。
「ありがとうございます、サジーさん。勉強になりました」
「う、うん――」
「では、ちょっと失礼します」
そう言うや、セイジは部屋からさっさと出て行ってしまった。
商会のメンバーではない人間を事務所に置き去りはどうなのだろう、と一瞬思うサジーである。義理の兄弟になるから、その辺り信用されているのだろうか? いや、それはそれ、しっかり線引きしないといけない――などと生真面目ゆえ、余計なお節介がわいてくるサジーである。
一応、セイジが戻ってくるか、誰か来るまで留守番をしておくか。静かであるなら、瞑想で時間を潰せばよい。こういうのは慣れている。
心を落ち着け、魔力の領域に意識を伸ばして、魔法との繋がりを――
などと思っていたら、どうも船内が騒がしくなった。何事か――サジーは耳をすませる。騒いでいるのは、ティス・リゼルと料理番のナールか。
『おめでとー!!』
「……うん?」
『こりゃ、今夜はパーティーだ! 腕によりをかけちゃうよぅ!』
何やらめでたいことがあったようだ。フランパンだろう金属を叩く音は、騒がしくてかなわないが、いったい何があったのか。
『結婚っ! 結婚なのだー!』
『社長がソフィア姐さんに告ったぁー! 社長が結婚だぁーっ! お前ら、全員きけーっ!』
ぶっ――サジーは思わず吹き出した。
つい今しがた結婚の話をセイジにしたばかり。そしてここまでの保留の原因を語ったら、これまでの待ち時間が嘘だったように、即結婚に話が進んでいた。
あの真顔で部屋を出て行ったセイジは、おそらくその場で通話中かそれが終わったソフィアを直撃し、さっそく結婚話を切り出したのだろう。
そしてソフィアはそれを了承した。
「いやいやセイジ君……。君って奴は――」
言ったそばからこれとは……!
半ば呆れもあるが、しかしセイジとはそういう男だ。振り返れば、ソフィアと対等の男になるために、魔術師でもないのに魔法大会に出て、そして優勝インタビューで公衆の前で告白をやらかすクソ度胸のある男なのだ。
思い立ったら即行動。いや、彼が、ソフィアとの結婚を切り出したのがはや1年も前。だから彼自身も限界だったのかもしれない。
ともあれ、セイジはソフィアに改めて告白し、結婚に向けての話をしたのであった。
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