後日談91話、実は些細なすれ違い?
セイジとソフィア。二人の関係については、すでに二年前から周りは知っていて、さらに言えば、エンネア王国で銀の翼商会と聞いたら、大抵の人も知っている。
それだけ魔法大会による激闘と、その後の公開告白が噂となっているのだ。そして一年、二年と経てば、もう二人は結婚しているのだろうと思う者が増えるのも無理もないことだった。
だからこそ、身内であるはずのサジー、そしてグラスニカ家はヤキモキするのだ。
『まだ、結婚しないの?』と。
王都やグラスニカ家の領地ではともかく、それ以外の場所だと、セイジとソフィアがすでに結婚しているものだと思っている者は実に多かった。
「気分ではない……」
サジーは、セイジから聞いたソフィアのコメントを反芻した。
「セイジ君、ちなみにそれは今もそうなのか?」
一度話して、気分ではないと言われたとセイジは答えたが、それは今も継続しているのか。
「今も何も言わないということは、そうなんじゃないですかね……」
セイジは言った。魔王と勇者の戦いから月日が経って、日常生活においては吹っ切れたようにも映るソフィアではあるが。
「表面上は、すっかり元気ですけど、ソウヤさんやミストさんのことを思い出すと、まだ引きずっているみたいなんですよ。……心の傷の深さは、他人にはわかりませんから」
セイジは少し寂しげだった。
「でも、いつか、彼女も前向きになってくれたらなって思います」
「セイジ君……」
サジーは、妹のことをどこまでも待つ覚悟を持っている義弟になる男に感心した。
こちらは問題ない。
では問題は、ソフィアの方か――真面目なサジーは考えた。
人の心の傷について、それを癒す術に特に心当たりがなく、またその手の分野は得意というわけではないが、将来の義弟の健気な態度は守ってやりたいと思った。
グラスニカ家の末子であるソフィアのことは、家族の問題だ。必要な時、大事な時に助けてやれなかった後悔があるからこそ、何とかしなくてはいけない。
サジーは使命感に燃えていた。両親が結婚のことを気にしていたということもあるが、はやく二人を安心させてやらねば。
――ソフィアとセイジ君が早く結婚してくれないと、私の婚約にも響く……。
正直、異性との付き合いについては、サジーとて器用な方ではない。両親は一時は他家との縁談話をよく持ってきていて、サジーも相手探しについては両親に任せるつもりでいた。
だがここのところ、その手の話もなくなり、自分もいい歳なのだからと、少し焦りはあった。ただ両親が自分に話を控えているのは、やはりソフィアとセイジの結婚を先に済ませておきたいと考えているからだろう。
――セイジ君は、英雄と呼んでも差し支えない剛の者だ。だが家柄は平民であり、それをグラスニカ家と関係を結ぶ以上、私の相手はそれなりの家柄の娘でなければ、貴族の家として体面がよろしくないのだろう。
そういうバランスの都合なのだ、とサジーは理解している。貴族社会とは実に気難しいものなのだ。
だから平民出のセイジとグラスニカ家のソフィアが結婚した直後に、サジーが貴族の令嬢と婚約することで、グラスニカ家は貴族としての面目を保つのである。これは結果的に、セイジの立場を守るためでもあるのだ。
・ ・ ・
飛空艇『ゴルド・フリューゲル号』の船室の一角、ソフィアの部屋をサジーは訪ねた。一度屋敷に行った彼女が、こちらに戻ってきたと聞いたからだ。
「――ええ、そう。そっちも大変ねぇ」
ソフィアは、魔力式通信装置で、どこぞとお喋りをしていた。一瞬、彼女と目があったが、サジーは『続けてどうぞ』とジェスチャーをすると、通話が終わるまで待つことにした。
仕事だったり、何か大事な話だったりしたら、邪魔しては悪い。サジーはそういう遠慮のできる男だった。
立ち聞きするつもりはないが、話の内容がプライベートな件のようだとわかった後でも、真面目なサジーは、じっと部屋の外で待った。
だがそれは裏目に出る。ソフィアのプライベート通話は長いのである。それは銀の翼商会メンバーの中ではお約束なのだが、外部の人間であるサジーは知らなかった。
――プライベートな連絡というのは、こうも長くなるものなのか。
会って直接話せない距離の相手と話ができるツールであるのは認める。業務連絡であれば、極力短く、簡潔にまとめるものだが、私的な話となるとダラダラと長引く。
久しぶりに顔を合わせた友人と、深夜まで飲み明かすようなものだろうか。よくよく見れば、ソフィアのそばにカップとピッチャーがあって、喉がかわけばすぐに飲めるようになっていた。
これは長引く、とサジーも、出直すべきかと考えた時、それが聞こえた。
「――あなたもいい人を見つけなさいよ。私は相手がいるからいいけれど、人間いつまでも若いままじゃないし」
ソフィアが連絡している相手にそんなことを言った。サジーがソフィアにぶつけようとした内容に、かすっている気がして、つい耳をすます。
「やだなに、私? ……えーと、私はほら、いつでも大丈夫なんだけど、セイジが何も言ってこないのよ」
――うん……?
「最近、仕事が楽しくなっちゃってるのかな。元気なあの人を見るのは私も嬉しくなるけど、もう少し私の方を見てくれてもいいんじゃない、って思うのよ」
何だかソフィアが愚痴っぽくなっていくのを、サジーは感じた。
「ええ、一緒の部屋だけど、最近は『おやすみ』ってさっさと寝ちゃうのよ。結婚する気はあると思うんだけど、そのことを言わないのよ。本当に結婚する気あるのかなって――他の女ができた? いや、それはないって! ないない!」
――おや、だいぶ雲行きが怪しくなってきたぞ……。
セイジから聞いていた話と、辻褄が合っていないように聞こえてくる。これではまるで、セイジがいつまで経っても結婚に踏ん切りがついていない男のようだ。
どういうことだろう。
サジーは腕を組む。セイジがサジーに嘘を言っている? いやいや、もしかしたらソフィアが連絡相手に見栄をはって、嘘を言っている可能性もある。
しかし、どちらの言い分も正しいとしたらどうだろうか? サジーは、セイジとの話を詳細に思い出し、それにソフィアの会話の内容の整合性をとろうと考えてみる。
その結果、一つの答えに行き着いた。
「これは、もしかして、両方とも相手が言い出すのを待っているのでは……?」
気分ではないとソフィアが保留してから、了承の返事を催促せず待つ、辛抱強い性格のセイジ。悪いことは自分で処理して次へと向かうソフィア。
その些細なすれ違いが、ここまで結婚話もなく長引かせている原因なのではないか?
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