後日談88話、そして自由になった


 人生の先達であるペール・ペルスコットから説教を受けたガルだが、それが不思議と苦ではなかったのは、当主の魅力というものなのかもしれない。

 ガルに人生を説いた人間は、彼の知るところではいなかったと記憶している。自分の人生を語る者はいたが、人生について助言されたおぼえがなかった。


 そう考えた時、ガルは自分が孤独だったことを自覚した。仲間と思っているカリュプスメンバーも、銀の翼商会でも、人生について話し合ったことはない。

 ガルに人生について教えてくれる人はいなかった。カリュプスメンバーはともかく、一般人からしたら暗殺者というものは怖いものであり、しかも触れてはいけないもののように、避けられるものだ。


 ――俺もそうだったんだ……。


 仲間たちでさえ、ガルの半生について聞いてきた者はいなかった。所詮その程度だったのだ。自分も人の人生に関心が薄いように、周りもまたガルの過去など、どうでもいいことだと言うことだろう。


「ガルよ、貴様はどこまで甘えておるのだ?」


 ペール・ペルスコットは指摘した。


「他人の人生に興味がないくせに、一丁前に自分の人生には構ってほしいのか? 普段なら人が踏み込んでくるのを拒絶するくせにか? そんな都合のよいように世界ができていると思うか?」

「俺はあなたと話していると、とんでもないガキになった気分になる」

「ガキだよ、貴様は」


 ペールは笑った。


「大人ぶっているだけのガキだ。甘いマスクで黙っていれば、まあ大人に見てくれるだろうさ。しかも暗殺者ともくれば、後ろ暗い人生だったに違いないと想像し、踏み込んでこない。だから貴様の人生は孤独なのだ」


 老人は首をかしげる。


「貴様は、一度でも他人に自分の人生を相談したことがあるか?」

「……ない」

「そうだろうな。自分から話しかけていれば、周りも違った反応をしておったじゃろうて」

「俺が悪いのか?」

「良い悪いの話ではないが、敢えて言えば、そうだろうな。貴様が悪い」


 ペールはあぐらをかく。


「周りに付け入る隙を与えなかった点でいえば、暗殺者としては合格だが、人生において揺らいでしまっておるのはよろしくないな」


 暗殺者なら暗殺者らしく。周りとの関わりを避けてきたのが自分なのに、勝手に周りに落胆するな、甘えるな、と老人は言った。


「気をつけろよ、小僧。普段されていないことをされて、そいつを信用するのは。貴様みたいな組織から抜け出せないガキは、コロっと騙されて依存してしまうからな」

「……」


 言われて、確かにその通りだとガルは思った。ペール老人との会話で、すっかり自分が彼に心を許してしまっていることに気づく。血縁でもないのに、彼を本当の祖父のように感じてしまっていたのだ。


 しかし、それで少し思考が冷めた。危うくペールのいうように組織に依存してしまう洗脳にかかるところだった。それを指摘して気づかせてくれた辺り、この老人はガルを都合のいい駒として利用する気がなく、本心から相談に乗ってくれたのだと思う。


 ――相談。……相談か?


「どうしたのだ、小僧?」

「いや、俺は何であなたに人生相談をしているのかと思って」


 そんなつもりはなかったのに――そういう顔をするガルに、ペール老人は自身の膝を叩いた。


「正気になれたということか。……本当に貴様、大丈夫なのか? そんな調子では、ぬるま湯に浸かり過ぎて、しわしわになってしまうぞ」

「風呂の例えはよかったな」


 ガルは口元を緩めた。気持ちのよい風呂でも、長風呂すれば体に悪い。今のガルの状況を的確に言い表している。


「あなたはそう言うが、俺はあなたとの会話が……会話が――」

「どうした?」

「上手く言葉にできないんだが、悪いものではない、と思う」

「初めてまともに会話をした、という顔だな。楽しかった、そういう顔をしている」

「楽しい……。ああ、そうかもしれない」


 初めて楽しいと思える会話だったとガルは思った。こういう話はしたことがなかったから、余計に。

 だが同時に現実に戻った。


「もっと話していたいという気持ちもあるが、俺は当主候補を決める戦いがある」


 ルフ・ペルスコットとの対決。勝った方が次の当主。ペールの後継者になるという戦い。


「もうわしの後継者は、貴様に決まったぞ。何せわしを殺しにきて、それをやれたのだからな」


 現当主、ペールはガルをじっと見据えた。


「わしが後継に認めた以上、その戦いももはや不要だ。……どうする? 貴様の匙加減で、どうにもできるぞ。貴様が決めろ」


 それは、ガルが受けた当主からの初めての直接命令だった。この始末をどうつけるか、ガルは考えた。



  ・  ・  ・



 ガルは、すでに無用となったルフ・ペルスコットとの戦いを、表面上受けることにした。あたかも後継者候補を決める戦いは続いていると見せかけて。


 この時のガルは、初めて自分の意志で殺すつもりで赴いた。誰かに言われたからでも、命令されたわけでも、任務でもなく。

 もう殺す必要はない。しかし暗殺者としての自分を試してみたくなった。自由に決めていいのだ。


 仕方なくこれまでは戦っていた。だがルフに関しては、自分の意思で殺すことになるだろうと思いながら臨んだ。

 結果は、現実を思い知らされた。自由になったから強くなったというわけでもなく、格好良く勝てるというものではなかった。


 ルフは用意周到に、ガルを殺す術を仕掛け、全力であたってきた。準備も覚悟も足りなかった――ガルはまた一つ学びを得て、自由を選択した。

 つまり、勝たなくても決まっている勝負なのだから、自身の命優先で、ペールの部屋まで転移して脱出したのだ。


 銀の翼商会で、ジンの指導を観察し、身につけた魔法が役に立った。これは同僚さえ知らない切り札だったが、それを使わせたルフは大したものだと、ガルは思う。


 かくて決闘場は吹き飛び、生き残ったルフが、ハミットと共に当主ペールの部屋に来た時、ガルはその当主と共にいたのであった。


 表向きルフが次の当主だが、本当の次期当主はガルである――と現当主ペールは定めた。

 ルフはペルスコット家当主の役目を表向きこなしつつ、裏で操っているのはガルということだ。


 そしてその秘密は、ガル、ペール、ルフ、ハミットの四人のみが共有することになる。


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