後日談87話、年長者は語る
後継者選定に興味がなく、ペルスコット家がどうなろうと知ったことではない――ガルは正直に、当主ペール・ペルスコットに告げた。
老人が怒り出すかもしれないと思いつつも、その時はその時と割り切るガルだが、ペール・ペルスコットは興味深げにガルの話に耳をかたむけた。
「組織に忠義を尽くすもよし。裏切るもよし。離反するのもよし。……己が生き方は、己自身で決めるがよかろう」
老人は孫に言い聞かせるような口調だった。そこに怒りの感情はない。
「しかしだ。世の中には流れというものが存在する。それは人生にも同じことだ。己が決められることは、その流れの中にあって、流されるか飛び出すか、選んだ結末が思う通りにいかないこともある」
「つまり……」
「貴様はペルスコット家の流れの中にあって、今はその後継者になる流れにあるということだ。決めるのは貴様だが、その流れをどう対処するのかは、よくよく考えねばならぬ」
それは、このまま後継者を決める戦いを続けて、当主の後継になるしかない、というのがペールの言う『流れ』なのだろう。
逃げるという選択をすれば、ペルスコット家の戦士たちから終われる身になる。その都度返り討ちにするのは面倒だが、それでガルの周囲に被害が出るのは望まない。それならばいっそペルスコット家を滅ぼせば……となるが、それだったなら、素直に当主後継となったほうが面倒が少ない気がする。
負けるという選択は、死を意味する。魔王軍残党を始末するという願望がある今、自殺する気はさらさらない。
当主になる――結局、その流れが一番楽で面倒がない気さえしてくる。しかしそれでペルスコット家にまつわる事柄に、いちいち当主として判断を下さねばならなくなるのも、長期的にみれば面倒だ。組織を動かすことを、ガルは得意としていないから。
ペルスコット家の当主になりたいと思ったことはない。これが一番、流れに逆らう気分にさせてしまう要因なのだろう。
「俺は、当主の座に興味はないし、ペルスコット家をどうこうしたいとも思っていない」 ガルは淡々と告げる。
「繰り返すが、俺に組織を率いる器はない。俺はただ、魔王軍残党を始末したいだけだ。それ以外のことはどうでもいい」
「魔王軍とな……?」
ペールが不思議そうな顔をしたので、ガルは経緯をかいつまんで説明した。人生の節目において、魔族との因縁がたびたび起きていることも含めて。
「――殺したいほど憎んでいる者がいて、それを討てる力があるのに、身動きできないもどかしさか……。貴様はまだまだガキだな。カッカッカッ」
愉快そうにペールは笑った。
「なるほど、貴様は戦闘員としては優秀だが、如何せん頭がないな。空っぽだ」
空っぽ――俺の人生みたいだ、とガルは思ったが口には出さなかった。そんなガルをよそに、ペールは続ける。
「貴様は方向性さえ間違っていなければ、優秀な忠犬なのだろう。組織の番犬としては、これ以上ないほどの適役かもしれぬ。だが、やりたいことがやれないのでは、フラストレーションも溜まるだろう。貴様は自由をおぼえるべきだ」
「自由……」
「貴様の望みはなんだ?」
ペールは問いかけた。
「魔族どもを殺すことであろう? やろうと思えるのに何故それをせん? それは組織というぬるま湯に浸かり、外を出たがらないからだ。貴様は楽をしている」
「……」
そんな生温い人生は送っていないつもりだった。だがペールの言うのは、そういう意味ではないのだろう。
「ガルよ。もっと頭を働かせぃ。狼を気取ったところで、組織から抜け出す度胸も知恵もないのでは、貴様は一生このままだぞ」
「あんたは、俺にペルスコット家を飛び出せ、というのか?」
「言ってほしいか? そのほうが楽だからな。わしが、当主が言ったから、踏ん切りもつくじゃろうって? どこまで甘えておるのだ、貴様は」
ペールは眉をひそめたが、怒っている様子はなかった。どうでもいいのだ、その辺りの感情は。
「まあ、貴様には親もおらんし、幼い頃には、我が組織に組み込まれておって、世間様の常識っつーものを知らんのじゃろう。それはそれで駄目とはいわんし仕方ないともいわん。やりようなら、いくらでもあるわい」
自身の頭、こめかみ部分を指先で押すペール老人。
「よいか、ガルよ。世の中に確かなものなどない。ベストな選択などなく、あるのはベストと『思う』選択とそれ以外だ。何故なら、『正しい』ことなど、時と状況でころころと変わるからだ。見方次第で変わると言ってもよい」
老人はベッドの上から周囲をゆっくりと見渡した。
「だから正しいことをしようとしても無駄だ。正しいと思うことをすればよい。それが間違いであったとしても、自分のしたことは『正しい』ではなく『正しいと思うことをした』のだから、そんなものだと流せばよいのだ」
「……つまり、間違っても構わない?」
「正しい、間違いは、結局のところ結果に過ぎぬ。間違いを恐れて動けぬは臆病者よ」
老人は、ガルに動けと促した。
「器用に立ち回るには、少々頭を働かせる必要もあるだろう。ならば頭を使え。面倒だからとか、楽だからと考えるのをやめるのは、流れに流されるだけの凡人のすることだ。考えろ。ベストと思える選択を」
そしてペール・ペルスコットはまたも笑った。
「流れに乗るのと流されるでは違う。……まあ、貴様は馬鹿のようだから、わしが大ヒントをくれてやる。わしはペルスコット家の当主だが、普段は何をしていると思う? といっても普段のわしなど、貴様ら雑兵にはわからぬじゃろう。……だがそれでよいのだ」
さっと、手を広げるペール老人。
「わしは、もはやベッドの上で、己の天命が尽きるのを待つ身よ。そんなわしでも当主は務まる。……ベッドに繋がれたわしが何もしなくても、部下たちがペルスコット家に必要な仕事は全部やってくれるわけだ。利用しない手はないよなぁ」
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