後日談86話、ガルとペール


 話は少し戻る。


 次期当主となる者を決める戦い、その最終戦の前――つまりルフの戦いの前に、ガルは動いた。

 屋敷内にある当主の部屋へ。


 ガルは、ペルスコット家の当主と直接会ったことはない。それは他の若手候補者たちも同様だろう。

 殺しの訓練をしていた頃に聞かされた話では、当主は最強の暗殺者であると教わった。何をもって最強なのか、いまいち信じていなかったガルではあるが。


 ――俺は何をやっているんだ。


 ここにきて何度も繰り返してきた問い。魔王軍の残党を追うことこそ、今自分のしたいことであり、ペルスコット家の後継者決めに意味があるのか?

 意味はない。ガルにとっては。


 しかし、ここのペルスコット家の者たちにとっては意味があるのだ。彼らがそこに意味を見いだす限り、関係ないねは通用しない。


 だが、やはりガルにとっては意味がないのだ。当主の地位も立場も興味はない。であるならば、手っ取り早い解決策は、当主に直訴することだ。

 当主の部屋を訪れる際、見張り役がいて、通常では面会は叶わない。無理に通ろうとすれば、命を奪われる。……昔、好奇心が押さえきれずに向かった幼年組の一人が近づいて、即死した。子供だからという言い訳は通用しなかった。


 部屋の前の通路で、ガルは一度足を止める。銀の翼商会にいた結果、彼は、見張り役の張り巡らせる魔力索敵を『見る』ことができるようになっていた。

 そっと、見張り役の魔力の色に、ガルは自身から伸ばした魔力に触れさせた。魔力と魔力が重なり、握手。


 魔力で物を感知しようとしている見張り役は、この場にいない。安全な場所から監視しているのだが、自身の魔力に何かが触れ、それが魔力をつねったり捏ねたりという、これまで経験したことがないことをされて困惑していた。


 何かあった、何かはわからないが異常なことに違いない――見張り役が警護担当に通報しようとしたその時、伸ばしていた魔力が書き換えられ、見張り役は睡眠魔法を直接流し込まれて意識を失った。


 魔力索敵を使っていたため、違う場所にいても、導火線のように魔力を伝ってダイレクトに魔法を当てられたのだ。

 これも伝説の魔術師クレイマン王の魔法と、ミストらドラゴン流の魔力恫喝術の応用だ。ガルは、殺しの仕事に役立ちそうなものは、魔法だろうがなんだろうか学習してものにしていた。


 見張り役を沈黙させ、ガルは気配を殺し、部屋の前に立った。伝説の殺し屋ともいうべき実力者がいるという部屋だ。問答無用で攻撃されてもおかしくない場所だからこそ、慎重になる。

 魔力による索敵の気配はなし。当主が部屋の外の異変に気づいた様子はないし、魔力を巡らせているということもない。見張り役を相当信用していたのか、あるいは魔力を索敵に使う技を持っていないのか。


 ガルは逆に魔力を操り、扉の隙間を通す。部屋の中を索敵したいが、実力はわからないが凄腕らしい暗殺者がいるのだ。下手に手を出せば、逆に感知される恐れがある。


 魔力を感じとれなくても、第六感がその代わりをすることもあれば、気配を探ることもできるだろう。

 この辺りの感覚も、銀の翼商会でドラゴンたち相手に密かに索敵の訓練をしていたガルは鍛えられている。ドラゴンは魔力を察知する能力に非常に優れている。逆に言えば、それで気づかれないほどの技があるなら、人間相手にも一部の例外を除いてバレることはない。


 ……問題は、ペルスコット家の当主が、その一部の例外であるかどうか、だ。

 扉回りは仕掛けも気配もなし。部屋の奥にペルスコット家の当主がいるだろう。これ以上、忍んで接近は難しいとガルの脳は弾き出し、仕掛けのない扉を開けた。


 正面からの侵入だ。

 大きなベッド、そこで上半身を起こしている老人が一人。


『――何者だ、小僧』


 ガルの耳元で、その声は響いた。


 正面にいる老人とは、違う方向からの声。振り返りたくなるのを必死に抑え、ガルは正面から視線を動かさなかった。扉のそばには、誰もいないのは先ほど魔力で探り済みだ。つまり、この声は魔法のようなもので、直接耳元に飛ばしているのだ。


「ガル」


 小さくガルは名乗った。元々声量を抑えて話すタイプだから、相手の耳にしっかり届いたか、いささか自信はなかった。足元から魔力を伸ばす。


『聞こえんなぁ。若いの、しゃきっと話をせんか。わしの耳が遠かったらどうするつもりだ?』


 相変わらず声だけ届き、ベッドの上の老人は、ガルを見るばかりで動かない。


 ――では、お言葉に甘えて。


『ガル・ペルスコット。当主候補』

『! ……ほほう』


 老人がニヤリとした。


『貴様、魔術師ではなさそうだが、中々どうして……ふふふ。この勝負はわしの方が早く貴様を殺せたが、貴様もまたわしを殺せたわけだな。結構結構、素っ首を叩き落としておくべきじゃったな、ハッハッハっ』


 老人は上機嫌だった。ガルがしたことは、魔力を棒状に伸ばして、相手の耳元に声を送りつける線を作っただけだ。魔力索敵などのように全方位に飛ばさないために、相手に触れなければ察知が困難な技だ。

 そしてこの魔法を応用すると、相手の後ろに回り込ませた線に攻撃魔法を乗せて、奇襲攻撃もできる。


 老人が、ガルの耳元に声をぶつけた魔法も、あれが攻撃魔法だったなら、あらかじめ魔法防御を講じていない限り、一撃で致命傷乃至即死を与えられたであろう。


 だから老人の言い分は間違っていない。その気ならば、ガルを彼は殺せた。だがやってきた者に対して、何者かと確認した結果、その機会を逃し、ガルに同様の手でお返しされたわけだ。

 つまり、問いかけた分、ガルにも老人を殺すチャンスがあったわけだ。


「いや、わしが確認するのを確信していたなら、貴様の勝ちよな。ずいぶんと冒険をし、そしてその賭けに勝ったわけだ」


 老人は、魔法ではなく直に話しかけた。


「当主候補と言ったな、ガルよ。わしの息子に貴様のような者がおうて、わしも嬉しいぞ」

「候補ではあるが、あいにくと興味はないんだ。俺は俺だ」

「……いいぞぉ、そのギラつき。殺しの目だ。貴様はいまだに根強い闇を抱えておるようじゃな。大いに結構」


 老人は破顔した。


「わしは、ペール・ペルスコット。今の当主じゃ」



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