後日談85話、ペルスコット家の当主


 決闘場が吹き飛んだ。寸でのところで審判役は場外に逃れることができた。


 突如起きた紅蓮の炎と噴煙。それが晴れた時、場に立っていたのはメイド服の暗殺者、ルフ・ペルスコットのみ。対戦相手であるガルの姿はどこにもなかった。

 審判役は場に上がり、確認すると声を張り上げた。


「勝者、ルフ・ペルスコット!」


 決まった――戦いを見守っていたハミット・ペルスコットら年長組や中堅組は、次期当主となる人物が誰かを見届けた。

 若手八人のうちの最後の一人が決まり、ハミットや一部を残して、三々五々、立ち去っていく。


 そのハミットは、代表として決闘場に向かい、一人立っているルフのもとへ歩み寄った。


「ルフ・ペルスコット、貴様は見事に、次期当主候補として生き残った。ここにきて魔法を使うとは恐れ入った。よくやったと褒めておこう」

「……」

「ルフ?」

「いえ、何でもありません」


 糸目のルフは、恭しく頭を下げた。一瞬、彼女が首をかしげていたように見えたハミットだが、言わないということは大したことではないのだろうと思った。彼は頷くと、屋敷を指し示した。


「では行こう。当主様に引き合わせる」

「はい」


 ルフは、ハミットに従い、屋敷へと向かう。


「貴様は当主様にお会いしたことはなかったな?」

「はい」

「だろうな。他の七人もまた、当主様のお顔を見たことはないだろう」


 ハミットはズンズンと通路を進んでいく。先ほどまでペルスコットの人間が、それなりにいたのに、今は無人になっているように静かだった。


「我らペルスコットの名前をもらった者たちでも、当主様と直接お会いしたことがあるのは、同期とその前後の者、そして選別された一部のみ」


 そしてその当主と面会できる数少ない男の一人が、ハミットである。

 当主の部屋――ペルスコットの名を持つ者でも軽々しく入らないそこに、二人は到着する。

 ルフは、初めて当主に会うとあって緊張を必死に押し殺した。ペルスコットの現当主。多くの暗殺者を選別し、世界に放つ大物。最強こそトップという組織にあって、おそらく伝説的な強さ、もしくは何かしらの必殺の技を持つ人物であろう。


「当主様、ハミットです」

『入れ』


 部屋の奥から男の嗄れ声が聞こえた。これは年輩者かと、ルフは予想する。もしかしたら相当高齢なのではないか。


「失礼します、当主様」


 ハミットが扉を開けて入室した。ルフはそれに続き、そして扉を閉めた。

 部屋の奥に大きなベッドがあり、そこに一人の老人が上半身を起こして座っていた。ペルスコットの現当主――しかし、ハミットとルフは別の者に視線が行った。


 ベッドの端に、剣を持ったガル・ペルスコットがいたからだ。ハミットは息を詰まらせるように固まり、ルフは、やはり、と自身が感じていた違和感が合っていたことを確信した。


「ガル・ペルスコット! 貴様は――」

「やはり、生きていたのですねぇ」


 爆裂魔法で、決闘場を吹き飛ばした時、手応えも痕跡も感じられず、おかしいなと思っていたのだ。それが彼女の感じていた違和感。そして予感していた。もしかして、ガル・ペルスコットはあの爆発から逃げのびたのでは、と。


「ハミット」


 ペルスコット家当主――ペール・ペルスコットは重々しい声を出した。


「この小僧、わしを殺しにきたぞ」

「!?」


 ハミットは驚愕し、刃を抜こうとするが、ペール・ペルスコットは手を挙げた。


「まあ、待て、ハミット。刃は抜くな。わしに殺されたくなければな」

「はっ――」

「聞けば、この小僧、わしの後継候補というではないか。候補選抜の最中に、当主を殺しにくるとは、大変活きがよいヤツもいたものだ」


 高齢かつ、やや貧相にも見える老人はしかし、目をギラつかせ、不気味に笑った。一方、ガルは無言である。


「ハミット、ペルスコットの名を持つ者が当主を暗殺した場合、あるいは当主が認めた場合、そのペルスコットはどうなる?」


 当主に刃を向けたペルスコット。言わば一族の裏切り者であるが――


「次の当主となります」


 淀みなくハミットは答えた。強き者がペルスコットの当主となる。暗殺者である一族に、ルールなど存在しない。下克上上等。それがペルスコットの教えである。


「では、次の当主は、ガルということに――」

「まだ、候補選抜の決着はついていなかったな?」

「……はい。そうなります」


 ガルが生きて、ここにいるという時点で、決着はついていない。決闘場でルフが勝利宣言を受けたものの、ガルがその場から消えただけで、それは真の決着とはいえないのだ。


「候補選抜の決着がつく前に当主暗殺がなされ、わしがそれを認めた。どちらが優先されるか、わかるな?」

「……はい、当主様」


 ハミットは頭を下げた。ルフもそれに倣う。ペール・ペルスコットは視線を、メイド服のルフへと向けた。


「お前は、ガルと争った候補選抜だったな。せっかくここまで勝ち上がったのにすまんな。わしに直接一刺ししにきたのはガルの方が早かったわい」

「はい、承知致しました。ペルスコット家の仕来りに従います」


 メイドらしく、キビキビと事務的に答えた。果たしてその心のうちは、どれほどの嵐が吹き荒れているのか、見た目からは判断がつかない。


 現当主、ペール・ペルスコットは重々しく告げる。


「ハミット。使える者を動員し、魔王軍の残党を探し出せ」

「はっ。――魔王軍の残党でございますか?」

「わしの後継の願いだ。面倒をかけた分、尽くすのが礼儀というものじゃろうて」


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