後日談84話、動かない二人
ルフ・ペルスコットは動かなかった。ガルが攻めてくるまで、自分から仕掛けるつもりはないのかもしれない。
やたらと煽ってくるものの、何故か攻撃してこない。
ガルはどうしたものかと、油断なくメイド衣装の彼女を観察する。
武器は手甲とそれに仕込まれた刃――だけでなく、スカートの内側やポケットにも武器を忍ばせている。
ここまではフィジカルで勝ち抜いてきたが、果たして魔法は使えるのか、それは謎である。
――彼女はメイドだ。
ルフの立ち振る舞い、見た目だけでなく、中身もかなりメイド的であるのは感じている。
主人が命令するまで、いくらでも待てるように、しかしいざ指示があれば即時動けるように意識を集中させている。彼女が動かないのは、それではないかと思える。忍耐力は、こちらが思うより遥かにあるかもしれない。
では、こちらが動くべきか。
――いや、それは俺のペースじゃない。
相手が動かないからこちらから、など、敵に動かされているのではないか。
そして違和感に気づく。面倒だからさっさと片付けよう、という気が起きていない自分に。得体の知れない何かを、無意識に感じ取っている。
彼女も動かないが、ガルの足が一向に進みたがらないのは、本人はわかっていないが、危険な何かを体が感じ取っているからだ。
――いったい何だ?
ガルは原因を探る。この手の感覚に陥った時の、勘はほぼ当たる。それを無視した時は、ろくなことにならないのを経験が知っている。
しかも、これは致命的だ。おそらく死ぬ――そう体が訴えている。ルフ・ペルスコットは、すでに準備を終えている。そうガルの思考が囁いた。
いつ殺しの準備を終えた? 戦う前? 間違っても彼女が飲み物などに毒を仕込んだ、というものはない。空気に毒を、というならすでに周りに被害が出ている。
ではそれではない。
だが、ルフは、ガルをいつでも殺せるように準備万端、待ち構えている。
彼女はメイドである。真にできるメイドは、主人の行動を先読みし、できるものなら準備をしておくものだ。
彼女が決闘場以外で仕掛けなかったのは、すでに決闘場で万事準備を整えていたからではないか?
いつ準備した? 前の戦い、ブィ・ペルスコットとの戦いの最中か、倒した直後。次に戦うのが、ガルとわかっていて、他に決闘が入らないとわかっていれば、この戦いのためにトラップを設置していても不可能ではない。
一見すると、決闘場には何も変わりはなく、何か仕掛けられている様子もない。……だから決闘場に仕込みがあっても、気づかない。
すっとガルは呼吸を整える。銀の翼商会にいた頃、ジンやミストに習った魔力を見る魔法を使う。昔から気配や罠を見破ることは得意だったガルは、商会にいた頃に優れた魔法の教師たちから学ぶことができた。
何故、魔法を一欠片も見せていないルフに対して、魔法を警戒していたのか、この時、ガルははっきりわかった。
彼の危険察知能力が、無意識にすでに嗅ぎ取っていたのだ。ルフは魔法も使える。そしてこの決闘場のほとんどに魔力を集めて、いつでも起爆できるように魔法を仕掛けていたのだ。
――参ったな……。
周りが仕掛けだらけだった。唯一、ガルが決闘場に上がり、今立っている場所まで安全地帯があるが、そこは細く、また出口は場外である。
「ガルさぁん……よそ見はいけませんよぅ?」
あまりに動きがないせいか、ルフが口を開いた。
「それともビビってるんですかー? メイドごときの私に」
「お前が有能なメイドなのは知っている」
「あら、嬉しい。お褒めにあずかり、光栄です」
ルフはスカートを撮む仕草で一礼した。決闘場で、暗殺者から目を離すのは命取りだ。だがこれも計算でやっているのだろう。ガルの戦闘スタイル的に、こうすれば飛び込んでくると想定して。
そして動いたら、ドカン、というふうに。……これで間違いないだろう。
――ブィやトリーンだったら、ここで飛び道具だったんだろうが。
ガルはここまで近接オンリーだった。それでルフは、ガルが有効な中・遠距離攻撃手段を持っていないと予想したのだろう。だから決闘場をトラップゾーンなどにできたわけだ。自分は動かずして、相手を動かす。ガルがルフを殺すなら、接近するしかないから、と。
「……ルフ」
「何でしょう、ガルさん?」
「さっき、お茶をご馳走してくれると言ったな?」
「はい」
糸目だが、ルフの表情がわずかに締まったように見えた。ガルは無表情のまま告げた。
「喉が渇いた。今、用意してくれ」
「それはまた……いま、決闘中ですが?」
「生きている間にも飲ませてくれるつもりじゃなかったのか?」
ガルは淡々と言う。
「決闘が終わったら、生きているうちに飲めないだろう」
「なるほど、死ぬ前に私のとっておきを味わいたい、と。かしこまりました」
ルフはスカートを指で撮む。
「お淹れいたしますので、こちらへどうぞ」
「いや、お前が来てくれ」
ガルはやはり無感動に言った。
「お前はメイドだろう? メイドが主人を歩かせるのか?」
「……あなたをご主人様にした覚えはないんですが」
ルフは表情ひとつ変えずに返した。さすが熟練メイド。自身の感情を表に出さないよう、よく訓練している。
「せっかく生前に、私のお茶を飲んでくださる奇特な方が現れたと思ったのに……。残念です」
ルフは首を右へ傾けた。
「終わりにしましょうか」
その瞬間、決闘場が爆発した。
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