後日談76話、ガルの手紙
暗黒大陸は、一般的にはファイアードラゴンとその眷属によって焼き払われた、とされる。
多くの集落が犠牲になり、魔族、そして人間その他種族の人口を大きく減らす原因となった。
しかし、広大な大陸すべてを焼け野原にするのは、さすがに炎のドラゴン一族でも不可能であった。
故に自然だけを見るならば、まだまだ多くが大陸全土に存在していた。だから、魔王軍とファイアードラゴンと眷属が消えた後、暗黒大陸は再び開拓され、新たな集落が数多く作られた。
そんな辺境のひとつに、とある集落がある。人工エルフ――死体に仮初めの魂を与えることで、兵器の素材にする魔王軍の恐るべき研究によって生み出された者たちが住む開拓村だ。
――ここの人たち、一度死んでいるのよね。
ヴィテスが、訪れた時、さも普通のエルフが来訪を歓迎したが、それを見て思うのだ。
素材にされるため、保存されていた体に仮の魂を吹き込む。異常な話だ。本来のその体の持ち主は、すでに死に、魂は体を離れているから。
生前のそのエルフを知っている人からみれば、別人が知り合いや家族の体を動かしているのに等しい。
もっとも、その別人の魂も、本来の持ち主の脳や体が記憶していた人間から作られた人工魂で、まったく縁がないわけではない。生き物というのは不思議なもので、魂と体が記憶しているものは別ということらしい。
本人ではない、しかし限りなく本人に近い人工物、それが人工エルフだ。
――それと結婚してしまうカーシュという男。
ヴィテスは苦笑するのである。
かつての恋人、エルフのアガタ――故人だが、その人工魂が入った彼女と、人間の聖騎士カーシュは結婚した。
カーシュも色々悩んだ末、人工エルフのアガタが愛を覚えて、結ばれることを望み、それに応じた。
本人ではないから、他人がどうこういう問題ではないから、ヴィテスは首を突っ込む気はない。
そもそも、今回の訪問に、カーシュもアガタも関係がなかった。
「やあ、いらっしゃい」
用があるのは、エルフの治癒術士ダルだった。彼は勇者ソウヤの旅に同行した、いわゆる勇者パーティー組で、生粋のエルフだが、人工エルフ問題に対しての一族の煮え切らない態度に怒り、こちらの開拓に協力した。
「久しぶりですね、ヴィテス。成長が早い」
「どうも。ダル先生は、わかるのね」
「そりゃあわかりますよ。あなたの豊富な魔力量と色を見ればね」
「まーた、そんな色が見えるなんて、非科学的な」
奥から声がしたので見れば、ダークエルフの魔術師のポエスである。かつては魔王軍にいて、人工エルフ研究をしていたド外道魔術師である。
彼の倫理観は独特のものであり、正直命を玩んでいる感が否めないものの、生きているエルフを犠牲に素材を作るなら、死んだエルフのほうを素材にできれば、トータルで失われる命が減るのでは、という計算を立てる人物である。
要するに無闇な犠牲を好まない性質である、という点から更生の機会を与えられ、今は人工エルフたちを観察し、異常があれば手当をする生活をしている。
――今のガルが、彼を見たら、その瞬間ダガーを投げつけないかしら。
ヴィテスは思ったが口には出さなかった。それよりも用事を済ませる。
「ダル先生、ガルからあなたへの手紙」
「おや、それはどうもありがとうございます。……いつから配達業を始めたんです?」
「私もガルにそう言ったわ。私は配達業者じゃないってね」
「それは……お気の毒でしたね。……ここで読んでも?」
「いいんじゃない。私はそのことで何も言われていないし、もうその手紙はあなたの手にある。いつ読もうか、あるいは読まないのも、あなたの自由よ」
「そうですか」
ダルは席につく。なおテーブルを挟んで、ポエスが何やら資料を書いている。同じ部屋で何やら二人で作業をしていたらしい。
「ここでは、お客にお茶も出さないのかしら?」
「そこにポッドがあるー」
ポエスが顔を上げずに、指さした。
「食器も好きなものを使いたまえ。我々は今、忙しい」
「そうですか」
ヴィテスは肩をすくめると、勝手にコップをとって、お茶を注ぐ。
「……ねぇ、ヴィテス」
「なぁに、ダル先生」
お茶の香り――エルフがよく飲むやつを堪能しつつ、ヴィテスは一口。
「ガル君の様子はどうでした?」
「どう、とは?」
「殺気立っていませんでした?」
いったいどんな内容の手紙だったのか――ヴィテスは訝る。
「まあ、魔族は憎いって顔をしていたわ」
「そうですか」
手紙を置いて、腕を組むダル。ポエスは、その手紙をひったくり読み始めた。勝手に読んでいいのかしら――ヴィテスは、ダルを見るが、そのダルはポエスが読み終わるのを待っているようだった。
「……これはまた、魔族に対して激しい憎悪を抱いているねぇ」
「でしょ?」
「何が書いてあるの?」
ヴィテスが好奇心を覗かせれば、ダルは普段のにこやかさを感じさせない真顔で答えた。
「最近、魔王軍の残党の行動がちらちら目に入るようになったことに、大変憤りを感じているようです」
そんな顔をしていたな、とヴィテスは思い出す。
「彼は、魔族はすべて滅ぼすべき、という考えに囚われつつあるのを、私に相談しているのですよ、ヴィテス。この世に善なる魔族はいるのか、と」
「人間と同じだよ、こういうのは」
ポエスは淡々と言った。
「いい奴もいれば悪い奴もいる。人間も、魔族も、エルフも、ありとあらゆる種族にね。一つの事例を見て、全てが悪だ、正義だと考えて動くのは、人間の悪い癖だよ」
「彼は、いま迷っているのですよ」
ダルは天井を睨んだ。
「銀の救護団にいて、レーラ様を守るという使命を果たすべきか。あるいは魔王軍残党の活動を阻止するために、魔族討伐の旅に出るか、と」
亡きソウヤのためにも、聖女レーラは死んでも守る――それがガル・ペルスコットやカリュプス・メンバーの誓い。それで銀の救護団にいるのだが、その誓いを半ば放棄しても、魔王軍残党への敵意を募らせている。
未来の敵となる残党を先んじて討つことが、未来の犠牲者を減らすと考えれば、救護団の使命同様、人を救うことに繋がるのではないか――と、ガルは手紙に綴っている。
「魔王軍残党を倒すのはいいけど、魔族討伐って言い回しが気になるんだよねぇ、これ」
ポエスは手紙の文章を睨みつける。
「魔族というだけで無関係な者まで殺そうとしないよね、この人。嫌だよ、人命の無駄な浪費は」
「そうですね。そうだと、いいんですが……」
ダルは眉をひそめる。
「復讐心は、目を曇らせ、心を病ませます。理性がある間はよいのですが、拗らせてしまうと、色々とよろしくないんですよね。本人ばかりか、周りにも迷惑がかかりますから」
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