後日談75話、報せを運ぶドラゴン


 銀の救護団のゴールデン・チャレンジャー号に、漆黒のドラゴンがやってきた。

 普通ならば、ドラゴンの襲来かと慌てるところだが、銀の翼商会にいた者たちには、別段驚くことはなかった。

 甲板に行儀よく静かに降りた漆黒のドラゴンに、オダシューは歩み寄った。


「よう、フォルス。元気そうだな!」

「……失礼ね。私よ」


 ドラゴンは人型――少女の姿に変わった十代後半、母である影竜を思わす長い黒髪の美少女は、ヴィテスである。

 オダシューは慌てた。


「ごめん! ドラゴンの姿だと見分けがつかなくってよ!」

「ソウヤパパは、私とフォルスを間違えたことは一度もなかったわ」

「面目ない」

「まあ、いいわ。久しぶりだものね」

「そうさなぁ……」


 オダシューは天を仰いだ。


「もうかれこれ一年か。……早ぇよなぁ、月日の流れってのは」


 勇者と魔王の戦いから二年。ソウヤが相打ちとなり、その遺体すら回収できなかった事件から、二年の月日が流れた。前回、レーラやオダシューらカリュプス・メンバーの前に姿を見せたのは一年前。勇者ソウヤの一周忌の集まり以来である。


「というか、見違えたぜヴィテスの嬢ちゃん。えらい別嬪になってまあ」

「ドラゴンの成長は早いのよ」

「フォルス坊は、元気にしているのかい?」

「まあ、ぼちぼち元気ね。最近は積極的に人化して、冒険者とかやって色々なところ巡っているみたいよ」

「へえ、あいつ人間に混じって冒険者を始めたのか」


 いつまでも、父親のように慕っていたソウヤの死にへこんでいられないというところか。いや、一周忌の集いでもそういえばそんな話をしていたのをオダシューは思い出した。


「ヴィテスさん!」


 レーラの声がした。見ればニェーボやトゥリパらカリュプス・メンバーに交じり、聖女様がやってきた。


「はぁい、レーラ。ご無沙汰」


 本性がドラゴンであるせいか、ヴィテスは聖女に対しても普通の態度である。自然と気をつかう人間たちと違う点だが、ドラゴンというだけで一定の距離を取られるヴィテスとしても、似たようなものである。


 銀の翼商会を離れても、交友関係は続いている。かつての仲間たちと近況を話し合い、それぞれの生存を確かめる。人は、生物は、いつ死ぬかわからないのだから。



  ・  ・  ・



 その日は、銀の救護団の飛空艇で一晩やっかいになるヴィテス。一人で甲板で涼んでいると、ガルがやってきた。彼は何も言わず、ヴィテスの隣に立った。


「もう少し、殺気というものを引っ込めたほうがよいのでなくて?」

「……殺気を込めたつもりはないが」


 ぼそり、とガルは言った。


「気をつける」

「そうしなさいな。人間より五感が優れているドラゴンだからわかったけど、あなたが無自覚なら、そのうち周りの人間にも感知されるわよ」


 ヴィテスは皮肉げに告げる。


「あなたのお仲間は、そういう殺気に敏感じゃなくて?」

「……」


 ガルは無言である。ヴィテスはため息をつくと、懐から紙を三枚出した。


「正直に言って、もうあなたが何もしなくても、魔王軍の残党はなくなるんじゃないの」

「……」


 紙を受け取り、ガルはじっと読む。魔王軍残党の情報、アジトなどが書かれている資料だ。ご丁寧に、ヴィテスが人でも読めるように書いたものだ。


「ドラゴン族は、魔王軍残党に関する情報収集をしている。人間たちの知らないところで敵対魔族の殲滅を行っているわ」

「だから?」


 ガルは表情を変えずに言った。


「ご自慢のドラゴンの情報収集能力を持っても、未だに根絶させられないのだろう? ……いや、君たちドラゴン族を軽く見ているわけではない」

「それはそう」


 ヴィテスは嘆息した。


「厄介なのが地底城とかそんな名前の、地面の下を動く城ね。これが色んな場所に行って、なかなかね……」

「地底城……」

「名前が違ったらごめんなさい」


 特に謝る気のない調子のヴィテス。ガルは頷いた。


「地面の下を移動する魔族の拠点なんだろう。名前など大した問題じゃない」


 それより、とガルは紙の一文を見た。


「この『執行者』とは何だ?」

「あら、ようやく目に入った? いつ気づくかと思ったら」


 ゴールデン・チャレンジャー号の仲間たちに会うのは一年ぶりだが、ガルに関しては密かに会っているヴィテスである。主に魔王軍残党の関係について。


「ドラゴン族の間で、密かに結成された魔王軍残党の討伐グループよ。もう結構前の話なんだけれどね。……何でも四大竜会談で決まって、噂だと大竜自らこのグループに加わっているとか」

「噂?」

「グループの構成員については、私たちまで知らされていないもの。基本私たちのような一般ドラゴンは自分たちのテリトリーにいて、そこと周辺で魔王軍残党が動けば知らせるという程度だもの。その範囲から離れている残党軍の動きは知らないわ」


 それがドラゴン族が、未だに敵を全滅させられない要因の一つだったりする。


「そうか。ドラゴンの手の届かないところの残党があれば知らせてくれ。俺たちで対処する」


 ガルは告げた。


 ドラゴン族がテリトリーを度外視して動く専門の討伐隊を編成した。これは、報復とあれば村だろうが何だろうが焼き払うドラゴンらしからぬ動きだと、ガルは思った。

 何がどう変わったのかはわからないが、ドラゴンたちもやたら自分たちだけを通すのをやめたようだ。


 大竜がいるという話だから、アクアドラゴン、アースドラゴンなのだろうが、これは生前のソウヤと関わったことで心境の変化をもたらしたのかもしれない。


「ヴィテス、頼まれてくれるか」

「私、配達業者じゃないんだけど」


 ガルが出した手紙を、ヴィテスは受け取る。宛名はなし。


「誰に届ければいいのかしら? セイジ? それともグレースランドのお姫様?」

「エルフのダル氏に」

「あら意外。……暗黒大陸だったかしら?」

「そうだ。人工エルフたちの集落に住んでいる」


 ついでに、元魔王軍の魔術師とも。



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