後日談74話、グリードとガル


「彼が、ガルの兄です」

「どうも、兄です」


 アズマの紹介に、カリュプス・メンバーの一人、グリードはニヤリとした。

 長身だが、どこにでも居そうな男。ただし、あまり品のない、言ってみればチンピラ風で、寡黙なガルの正反対のお喋りな感じだが、話してみると意外と理知的な雰囲気が滲み出る不思議な人物でもある。


 ゴールデン・チャレンジャー号の一室で、レーラはアズマと、ガルの兄と自称したグリードと席を共にする。

 ガルの話を聞きたいレーラであるが、まさかの『兄』の登場に、レーラは珍しく怪訝な顔になった。


「兄、ですか? いわゆる組織の中の義兄弟のようなものではなく?」

「正真正銘、あいつの兄ですよ。まあ、母親は違いますが」


 グリードは丁寧な口調で言った。


「レーラ様は、公にしていいことと駄目なことの区別がつく方ですからお話しますが、一応、口外はしないでいただきたい」

「もちろんです」


 レーラは首肯した。他人のプライベートを意味なく、ベラベラ喋る趣味はない。そもそも聖女であり、元王族の時点で、守秘義務やらその手の話はうるさく教育されている。


「オレ――私は、とある国の貴族の生まれなんです。まあ、元貴族ではありますが」


 貴族――そう聞いて、レーラはなるほどと納得した。グリードという男は、見た目に反して、礼儀作法を知っている人間だと薄々感じていたから。


「それで、私は正妻の子。ガルは――ガルシュタットは、愛人の子でした」

「ガルシュタット……。それがガルさんの本名?」

「そうですよ。あいつは見た目あれでしょ? 母親も相当の美人でした。親父が気にいるのも無理ないなって」

「関係は良好でしたか?」

「ガルと母親ですか? それとも、私を含めて家族全員の?」


 グリードはそう言いながら席にもたれて、視線を彷徨わせた。


「ガルがどう思っていたかは別として、皆仲はよかったと思いますよ。妻と愛人って世間では不仲ってよく聞きますけど、うちではそういうのはなかったですね。とても美人でしたから、個人的には幼いながらもドキドキしていましたし」


 グリードは自嘲した。


「私の母も、ガルの母を格好いい女性として尊敬の目をしていましたから。あれは一種のファンみたいなもので、むしろ親父よりベタベタしていたというか」

「大変仲がよろしかったのですね」


 微笑ましく感じる一方、そんな幸せ貴族に何があったのか、レーラは気になった。グリードが暗殺組織にいる理由。ガルがペルスコット家と関わり、そして暗殺組織入りした理由も。


「おれは席を外した方がいいかな?」


 聞き手に回っていたアズマが立とうとすると、グリードは首を横に振った。


「オレが何を話して、レーラ様が何を聞いたのか、その辺りを見届けてくれないか」


 随分と妙な言い回しだった。何か意味があるのかとレーラは、アズマを見る。カリュプス・メンバーの中で人当たりもよく、フォローが上手な彼は一定の信頼がある。そんな彼が腕を組み、グリードを注視したが、小さくため息をついた。


「わかった。……聞いててやるよ」

「あからさまに間違いがあったら、指摘していいから」

「へっ、おれにオマエのウソとホントの見分けがつくと思ってるのかい」


 アズマは笑っていたが、どうにも嫌な予感がしてくるレーラだった。嘘とか本当とか、大事な話の最中に言われると、まるでグリードに虚言癖があるかのように感じた。真剣に話を聞いているのに、それは勘弁してほしい。


 何なら、グリードがガルの兄というのでさえ、疑わしくなってくる。


「そんな貴族生活も長くはなかった。私が13で、彼が7か8の頃。周辺の貴族と争いになりまして、端的に言えば負けて潰されてしまったんです。私もガルも、父とそれぞれ母を亡くした」


 淡々とグリードは語った。逃亡生活。復讐に凝り固まったガルの面倒を見つつ、スラムで生きた日々。そして暗殺組織と出会い、拾われたことを。


「――いわゆる、カリュプスと関係のある暗殺者だったわけです。とりあえず食えるところで、私も親の敵討ちもしてやりたいというのがあって、組織に加わりました。私の中では動機は半々だったんですが、ガルは違った。あれは復讐一辺倒だった。それで、ペルスコット家にスカウトされたんですよ、ガルは」


 組織に入って割とすぐだったという。グリードがガルと分かれたのは。


「それから10年、音沙汰はなかったんですが、次に会った時には、ガルシュタットは、ガル・ペルスコットとしてカリュプスにやってきました。非常に無口な奴になっていた。ペルスコット家で鍛えられただけあって、腕は確実でしたから、組織にもすぐ馴染んでいきましたけど」


 一般暗殺者でやっていたグリードと異なり、ボスにも気にいられ、カリュプス内での地位も上がっていった。ただ部下を持つことはなく、誰かに命令したり口出しすることはなかったから、組織内でも独自の立ち位置にいた。


 基本、彼を疎んじるものはいなかった。


「無口だけど、あれで意外と仲間思いというか、よく手伝ってくれたりね、気遣いのできる男でしたからね。あの見た目だから、外にいれば異性が寄ってくるんですけど、凄い勢いで逃げるから、同性の仲間たちから恨まれたり嫉まれることもなかった……」

「そうかい? おれは結構、異性に騒がれるだけでも羨ましいと思ったがね」


 アズマが口を挟んだ。


「あいつ、イケメン過ぎない?」

「仕方ないさ。母親譲りなんだ、許してやれよ」


 グリードは笑った。


「とまあ、私が知っていることと言っても、あまり多くないんですよ、レーラ様。10年会っていない時期もありましたし、会ったら会ったで、今の無口野郎でしょ? 昔のようにはいきません」

「いえ、ありがとうございます。ガルのことが少しでもわかれば、話を聞けただけよかった」


 なにせガルは、自分のことを話したがらない。彼を知るものから、詳細はともかく、どこで何をしていたのか、大まかにわかっただけでも収穫だった。

 グリードは頷いた。


「それはよかった。お役に立てたのなら幸いです」

「一つ、聞いてもよろしいですか?」

「何でしょう」

「ガルさんって、魔族と何か因縁があったりしますか……?」


 レーラの問いに、グリードは口を閉じた。迷ったような顔をしたのもつかの間、彼は言った。


「私の一族を攻め滅ぼそうとした近隣貴族。そいつの裏に、魔族が関係していたようなんですよ。私も聞いた話なんですが、ガルが言ってたんですよ」


 両親を殺したのは、魔族だった、と。


「敵討ちはしたって言ってましたけど、あいつにとっては魔族は親の仇ってなっていたんでしょう。そこにきて、世話になっていたカリュプス壊滅の裏にも、同じように魔族がいた。で、ちょっと前まで私たちの敵として魔族が動いていた」


 魔族に対する憎悪の感情が、それだけ増大していたということだった。魔王と戦い、相討ちになった勇者ソウヤの件も含めて、ガルの魔族への恨みが激しい理由を、レーラは察したのであった。



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