後日談73話、ガルという男


「ペルスコット家ってのは、代々の暗殺者の一族なんですよ」


 オダシューはそう口にして、一度視線を周りにやった。まるで周りに聞かれるのをよしとしないように。


「裏で仕事をしている連中や同業者に言わせりゃ、大抵のモンが知っている有名な一族です。……なんで、おれがここで話したのも、他言はしないでくださいよ、レーラ様」

「わかりました」


 レーラは首肯する。オダシューは続けた。


「で、ペルスコット家は、おれらがいた暗殺組織カリュプスとも繋がりが深く……というか、元はペルスコット家から始まったって話を聞いたことがあります。おれが所属するより遥かに昔の話なんで、又聞きですがね」


 古くより存在する暗殺者一族。王国の影で暗躍し、時に王族からの命令を受けて、国の敵を抹消してきた。


「すると、ガルさんは、そのペルスコット家の後継者だったりとか?」


 彼に兄弟がいるかは知らないが、代々の暗殺者なら、彼や、いるのなら兄弟の誰かが継ぐのではないか。

 そうレーラは想像したが、オダシューは難しい顔になった。


「それが……ちと面倒な話なんですが、ガルは、ペルスコットを名乗ることが許された者であって、本来のペルスコットの血筋じゃねえそうですよ」

「どういうことです?」

「それが面倒なんですがね」


 オダシューは語り出した。


「ペルスコット家は、ガキの頃から暗殺者を養成するんですが、そこで一人前と評価されると、ペルスコットを名乗ることをできるんだそうです。ガルの時には、奴を入れて3人がペルスコットの名を与えられたとか」


 ペルスコットの私兵。暗殺者一族のお墨付きの実力者。言ってみれば勲章であり、身分証明だという。


「すると、ペルスコットの血縁というよりは――」

「兵隊という意味合いが強いですね。……まあ、本物のペルスコットの血を引く奴も、同じように修行して一族を継いでいくんで、あいつらペルスコットの名を持つ奴らしか、誰が本物のペルスコットなのか知らないって話でさあ」

「本物のペルスコット……」

「ガルの奴じゃないのは間違いないです。本物のペルスコットの一族だったなら、こんなところにはいない」


 オダシューは笑った。レーラは少し考える。


「つまり、名前だけではペルスコット家の当主になる人物かどうか、外の人間にはわからないようになっているということですね」

「ですね。暗殺者一族って、やっぱ怖えから消しちまおうって考える馬鹿もいる。そういう奴に本物をわからせず、ちょっかいを出してきたら報復するようになっているんでしょうな」


 密かに人を暗殺する職業だけに、用心深く、立ち回って生きてきた一族ということなのだろう。


「でも、その割には、オダシューさんは、ガルさんがペルスコットを名乗っていても、一族じゃないことを知っているんですね」

「あぁ、カリュプスにいましたからね。あの暗殺組織、最低一人はペルスコットの名を持つ奴がいるようになっているんですが、同時に当主とは関係ない奴が所属するって不文律があるんですよ」

「なるほど」


 カリュプスに所属した時点で、本物ではないと、組織の人間は知っているわけだ。


「そうなると……」


 うーん、とレーラは考え込む。


「ガルさんって、どういう経緯でペルスコット家と関わったんでしょうか?」


 そもそも、どういう生まれなのか。かなりプライベートな話で、他人があまり突っ込んでいいかは微妙なことではあるが、レーラは気になった。

 オダシューは自身の顎に手をあて、考える。


「さあて、おれらの中じゃ、あまり過去は詮索しないですからね。大方、孤児で、どっかから拾われたとか、そんなんじゃねえかと思うんですが、よくは知らないです」

「孤児……」

「カリュプスでは、そういう奴ばかりでした。売られたり、拾われたり、親がいる奴のほうが希少でした」


 自虐的に笑うオダシューである。レーラはじっと彼を見上げた。


「あなたも、そうですか?」

「ええ。まあ、おれの場合は、捨てられたわけでも、売られたわけでもなく、戦災孤児ってやつですけどね。生き残るため、ってやつでさあ」


 オダシューは、他人事のように軽い調子で言った。己の身の上を恥じることも、隠すこともなく、さらりと言ってのけた。


「強いですね」

「そうすっか? おれなんてまだまだですよ」


 噛み合っていない会話を交わす二人だった。



  ・  ・  ・



「え? ガルですか? さあ、どうですかねぇ」


 カリュプス・メンバーの中で、もっとも人当たりが良く、話しやすいと評判のアズマは首を傾げた。金髪碧眼、どこにでもいそうな、気前がよさそうなお兄さんのような男である。

 暗殺者としての腕前はそこそこ。仲間うちではサポート役が多い。


「個人のことには、あまり突っ込まないのが、組織の雰囲気でしたからね。仲間に聞いても多分知らないんじゃないですかね」


 アズマは、レーラにそう返しながら、作業の手を止める。


「何で、急にアイツのことを?」

「最近、目つきがこうなっているじゃないですか」


 レーラは自身の目を横に引っ張るように細目を再現してみせる。まさか聖女がそんな仕草をすると思っていなかったアズマは吹き出した。


「確かに。最近、アイツ目つき悪くなりましたからね。まあ、組織を魔族に潰されて、勇者様も魔王との戦いで――あっ、すいません!」


 失言に気づき、アズマは謝った。勇者ソウヤの喪失は、仲間たちを打ちのめしたが、その中でもレーラは、付き合いが長いだけに深くショックを受けた一人である。


「魔王軍の残党の影がチラチラしはじめていますから」


 レーラは、表情を変えることなく言った。


「ガルさんも、神経を尖らせているようですけど、あまり無理はしてほしくない、というのが本音なんです」

「アイツにそう言ったらどうです?」

「もう言いました」


 レーラは苦笑した。


「まるで聞く耳を持たない感じでしたけど」

「突っぱねられたんですか?」

「いいえ。上辺は聞いてくれましたけど、おそらく内心は違うな、と。どう言えば、彼に響くかな、と情報を集めているところなんですよ」

「なるほど」


 アズマは腕を組んだ。少し考え、そして彼は頷いた。


「お役に立てるかわかりませんが、ガルの生まれや過去のことで、知っていることをお教えしますよ」



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