後日談72話、聖女様は冷めている


 聖女レーラは、銀の救護団としてゴールデン・チャレンジャー号と共に世界を駆けていた。


 助けが必要な人はどこにでもいるもの。魔王軍の攻撃、ファイアードラゴンとその眷属による暗黒大陸の蹂躙は、多くの人々、この大地に生きる者たちに深い傷跡を残した。


 アルガ村の復旧に協力していた銀の救護団。レーラ・グレースランドは、広場に出ると、地元冒険者と共に戻ってきた救護団の一員にしてカリュプス・メンバーに声をかけた。


「皆さん、お疲れ様でした。お怪我はございませんか?」

「大丈夫ですよ、レーラ様」


 メンバーたちのリーダー格であるオダシューは、そのいかつい体躯に似合わず、愛嬌を感じさせる笑みを浮かべた。

 冒険者たちも、レーラの姿を見てホッとしたのか、顔が綻んでいる。が――


「あ、やっぱり、怪我してますよね?」


 目ざとく、レーラは戦士系冒険者が手に包帯を巻いているのを見逃さなかった。オダシューは笑う。


「単なる掠り傷でさあ。大したことねえですよ」

「駄目ですよ。軽い怪我だって、熱が出たり病気になってしまうこともあるんですから。……はい、怪我した人は並んでください。まとめて治癒しますから」


 レーラは、ちょっと怒った風な顔をしたものの、周りの空気は和やかだ。素直に可愛かったからだ。本人はとても真面目なのだが。

 そして何だかんだ怪我人がいて、それを隠していた者が思ったより多かった。聖女様に負担をあまりかけたくない、というカリュプス組の配慮なのだが、一度、レーラが治療にかかろうとすると、打って変わって怪我人は全員出てくる。


 まとめての治癒で済ませることで、レーラに複数回の治癒魔法を使わせないような配慮である。

 するまでは渋るくせに、やるとなったら1回で済ませるようにと、オダシューたち護衛は気をつかうのだ。


「おおっ、さすが聖女様だ!」


 地元冒険者たちが、たちまち回復し、感謝した。レーラは笑顔でそれを受けた後、オダシューらと飛空艇ゴールデン・チャレンジャー号へと足を向ける。


「ガルの姿を見かけませんけど、村の周りの警戒ですか?」

「敵が残っていないか、捜索ですよ」


 そこでオダシューは声を落とした。


「……やっぱり、間違いなさそうです。今回のアルガ村の襲撃。魔王軍の残党のようでさぁ」

「魔王軍」


 レーラの表情は曇る。


「魔王は討たれたはずなのに……」

「十年前の時も、そうでしたからね。魔王が討たれたのに、魔族は次の戦いの準備をしていた」


 オダシューは顔を曇らせた。


「魔族にも話がわかる奴はいるんでしょうけど、いまだ魔王崇拝を続けて、攻撃してくる奴は始末しないといけません」

「……」

「あ、すいません」


 始末とか、物騒な言い回しを、聖女は嫌っている。そう解釈しているオダシューが詫びると、レーラは首を横に振った。


「いえ。……まだ世界の平穏は遠いのですね」


 物憂い顔で、村の外に広がる平原、そして地平線に連なる山々を見やる。一見すると争いのない、自然そのままがあるように見える。

 人と魔族が争い、傷つけあっているのが、現実感のない話であるように感じられる。


「まあ、それでも平穏に近づきつつありますよ」


 オダシューは、レーラがネガティブな想像に傾いていくのを感じ、明るい口調で言った。

「魔王軍は表舞台から姿を消した。ファイアードラゴンの連中も一つだけいいことをした。魔王軍をやっつけてくれたんだから。後は残党さえ何とかできれば、平和ってやつが来るんじゃないですか」

「……ありがとう」


 レーラが笑みを浮かべた。そしてオダシューは察した。今のは彼女の心に響かなかったのだと。どういう類いの笑顔がわかってしまったから。


 魔王軍残党を片付ければ、世界から争いは減る。……そう、「減る」だけだ。完全になくなることはない。

 人間やその他種族と魔族の対決は、この世界の争いとしては大きいが、それ以外にも争いは起きている。

 その他種族、果ては人間同士でさえ。種族や国、宗教が違えば、争いにもなる。


 聖女は理想主義的なことを語る存在ではあるが、レーラに関してはかなりの現実主義でもある。

 この世に完全な平和などない。魔王軍残党が消えようが、今日もどこかで誰かが傷つき、命を落としている。


「救護団の活動が、災害救助、復興だけで済めばいいんですけど」

「……そうですねぇ」


 そういう自然災害ばかりなら、争いのない平和な世の中に近いのだろうが、現実はやはり人災も少なくない。

 この世から犯罪がなくならないように、主義主張でなくても、生きるために人を傷つけたり奪ったりもする。


 レーラは、聖女の役割に終わりはないし、暗殺者という仕事がなくなることはないと、ある種の諦観を持っている。

 ただ、ゼロではないが、少なくすることはできるのではないか、と思っている。もちろん銀の救護団の活動で、全ての人を救うことはできないが。だが活動することで救われる人がいるのもまた、事実ではある。


「そういえば、オダシューさん」

「なんでしょう、レーラ様」


 背筋を伸ばすオダシュー。背丈があるので、自然と見上げる形となるレーラ。


「いえ、そんなかしこまった話じゃなくて。ちょっと雑談しませんか?」

「あまり上品な会話はできませんよ?」


 そう皮肉る元暗殺者である。レーラは、先ほどより温かみのある微笑を浮かべた。


「前々から気になっていたことがあるんですけど――」

「何です?」

「ガルさんのことです」

「惚れたんですかい? 奴は嫌味なくらい美形ですから――」

「違います!」


 即否定。そういう返しには慣れていないので、ちょっと動揺するレーラである。


「ガルさんって、ペルスコットという家名を持っているじゃないですか。私は知らないですけど、ひょっとして貴族の方と縁があったり?」


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