後日談71話、残党を狩る者たち


 魔王軍の残党の一つが壊滅した。ソウヤのアイテムボックスを活用したことで、数名の魔族を捕虜にすることができた。


 その中には、残党軍指揮官のスカルローイ・ジェアハがいた。自ら使用した灰色空間で動けなくなっていたのを捕らえたわけだが、さっそく、尋問が行われ、残党軍についての情報収集が行われた。


 ソウヤは、ジン・クレイマンの浮遊島で魔法についてのトレーニングと合わせて、力のコントロール、その仕上げを行っていた。


 虚無空間での、謎の師匠から受けた指導のおかげで、日常生活を送る分には問題がなくなりつつある。

 これは周りからは急激な変化に見られ、ライヤーたちから驚かれた。一方、ミストからは――


「まあ、ようやく? やっと?」


 ちょっぴり皮肉を言われた。ソウヤとしても、自分で食器などを掴み、普通に箸が使えるようになって、ようやく一息つける気分になった。

 もっとも、あくまで魔法による補助であり、素で大丈夫というわけではない。だから何もなしでもきちんと制御できるよう、そちらの訓練も欠かさない。


「頑張っているようだね、ソウヤ」

「爺さん」


 捕虜尋問にあたっていた老魔術師ジン・クレイマンがやってきたので、ソウヤはリハビリを続けつつ言った。


「何かわかったかい?」

「ああ、色々とね。わからないことも少なくないけれど」


 ジンが椅子につくと、フラムと戯れていたミストも席へやってきた。


「何から聞きたい?」

「何でもいいわよ。どうぜ全部聞くから」


 ミストの返事に、ジンは微笑した。


「じゃあ、まずは魔王軍の残党について。スカルローイ将軍の部隊は、あくまで自分の周りの部隊しかほとんど知らなかった。他大陸に、同じく残党がいるらしいというのがわかっている程度で、それが幾つあるか、どれくらいの規模なのかは知らない」

「直接の繋がりはないのか?」

「一応、連絡を取って協調、もしくは合流を図りたいと思っていたようだがね。スカルローイ将軍が知るところだと、わかっている範囲で3つ、指揮権の違う残党軍がいるらしい」

「3つね。他にもいるのよね?」


 ミストが聞けば、ジンは頷いた。


「スカルローイ将軍が言うには、こちらが知らないが、連絡を取り合っている部隊の方で別に2、3組織くらいが存在しているらしい」

「かなり広範囲にいるってことか」


 ソウヤは、足元に落ちているボールを魔力で引き寄せながら呟く。魔力の制御は、力の制御にも通じる。特にドラゴンの血には。


「諜報活動のために、魔王軍は色々なところに散って潜入していたからね」


 ジンは肩をすくめる。


「その中には、聞き覚えのある名前もあったんだけどね」

「誰だ?」

「ブルハ。魔王軍のサキュバス・クイーン。……ガルやカリュプスの面々が組織の仇と狙っていた幹部だよ」


 その名前に、ソウヤ、そしてミストが表情を険しくさせた。


「ブルハ、か……」

「というか、生きていたのね、あの女」


 ガルたちが聞いたら、その居場所について、今この場で問うていただろう。暗殺者集団カリュプスに潜り込み、組織を壊滅させた魔族。まさに仇である。

 ミストが口を開いた。


「で、どうするの? ガルたちに知らせる?」


 ブルハの所在を知らせたら、喜んで暗殺しに向かうだろうことは想像に難くない。ジンは顔をしかめた。


「規模とか把握していない段階で知らせるのは、どうかと思う。ガルたちのことだ。知らせたら……わかるだろう?」


 ソウヤとミストは目線だけ合わせて、理解を示す。


 カリュプス・メンバーは元暗殺者だ。彼らは暗殺が成功するなら、自らの命も惜しまない。勇敢なのは美徳かもしれないが、無茶な突撃をして全滅なんて普通にあり得るから、始末が悪い。


 彼らは、自分たちの命を軽く見ているのだ。暗殺者だったから、誰も彼らに命を大事にしろとは教えない。一般人からは忌むべき者として見られることもまた、他人どころか自分の命すら軽視する風潮に拍車をかける。


 死んでも誰も困らないだろう、という感情。銀の翼商会の仲間たちは、元カリュプス・メンバーでも死んだら泣くし、悲しむだろう。その辺りを、もう少し元暗殺者たちも自覚してほしいものだが。


「でも」


 ミストは言った。


「復讐したいという気持ちも大事にしたいのよ」


 ガルたちに復讐を果たさせてやりたい。ミストがそう言うのは、ドラゴン特有の絶対報復主義ゆえだろう。


 ドラゴンは怒らせるな。被害を受けるのは、報復対象だけではない――ソウヤは頷くと、ジンへと視線を戻した。


「ブルハのことは、きちんとアジトや規模を把握してから考えよう。それまでは情報を集めつつ、他の残党軍を潰していこうと思う」


 ソウヤとしても、魔王軍残党の排除は勇者としての仕事だと解釈している。十年前の潜伏期間を経て、復活した魔王軍である。今回はそうならないように、確実に始末をつけないといけないのだ。


 ミストが右手の拳を左手のひらに打ちつけた。


「そうこなくっちゃ! ドラゴンを敵に回そうという不届きモノは、消し飛ばしてやるわ!」

「……頼むから、そのノリをアクアドラゴンやクラウドドラゴンに伝播させないでくれよ」


 ジンが苦笑を浮かべた。


「彼女たちも、その気になると世界が滅びてしまうかもしれないから」

「あら、ドラゴンを焚きつけた魔族が悪いのよ」


 ミストはさらりと言い放った。


 かくて、元勇者とドラゴン、そして銀の翼商会の仲間たちの一部が、密かに魔王軍残党を狩る行動に打って出ることになる。


 未だ傷跡が多く残る世界の中、世間に知られることのない戦いが始まった。



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