後日談70話、土産話に対する反応


 ソウヤが虚無空間の話をした時の反応は、割と薄かった。真面目に聞いていたのは、クラウドドラゴンとジンとフラッドくらいで、後は想像が追いつかないのか、何とも難しい顔をしていた。


 これは自分の話し方が悪かったかもしれない、とソウヤは思った。なにぶん彼自身、あの空間の何割も知らない。知らないものは説明できないのだ。


「その謎の師匠が気になるね」


 そう言ったのはジンだった。


「私も色々な世界で、色々な人と会ってきたが……、もしかしたらどこかで会っていたかもしれない」

「本当か?」

「さあて、私は君のいう本物の顔を見ていないから、断言はできないよ。意味深なことを言って、人を惑わしたりする人間には、何人か心当たりがあるという程度だ」

「人を惑わすとか……そんな風には見えなかったぜ?」

「ソウヤ。悪人が全て悪党面をしているわけではない」


 老魔術師は顎髭を撫でた。


「悪人は善人の顔を装うものだ」

「やたら、突っ掛かるじゃないか、爺さん」

「私の知り合いに、さも全てを知っているように振る舞う人間が何人もいたが、大抵ろくなものではなかった。もちろん君のお師匠については断言できないけど。ただ、君の話からすると、間違っても善人とは思えなくてね」

「同感」


 クラウドドラゴンは鼻をならした。


「そのお師匠とやら、かなり胡散臭い」


 これは話し方が本当に悪かったかもしれない。決して悪人ではないと思うが、どうも周りに悪い印象を与えてしまったようで、ソウヤは歯がゆかった。実際に会ってもらえれば誤解も解けるかもしれないが、如何せん別世界の人間で、ここにはいない。


 ――とはいえ、確かに善人って雰囲気でもなかったな。


 ソウヤは一人思い出して苦笑した。

 場面は代わり、虚無からの脱出。そして神竜と遭遇したことを語る。


「神竜ですって!?」


 ミストが素っ頓狂な声をあげ、アースドラゴンも固まった。クラウドドラゴンはいつもの淡々とした表情を崩さず、アクアドラゴンはキョロキョロしだした。


「な、なあ、神竜ってあれよな? 我らドラゴン族の頂点にして神の……」

「……そうかもね。私たちは見たことがないけれど……」


 伝説の四大竜ですら実物を知らない。でも名前は知っているドラゴンの神。クラウドドラゴンは、ソウヤに視線を向けた。


「本当に神竜だった?」

「そう名乗った。とても大きなドラゴンだった。神々しかったよ」

「元気そうだったか?」


 ジンが聞いてきた。そういえばこの御仁は、神竜と面識があった。数千年間に会って、なにがしらの契約をして、新年には神竜を祭った神社に初詣に行っていた。


「たぶん元気だと思うよ。あまりに誰も来ないから、話し相手ができたと喜んでいた」


 ドラゴンたちは顔を見合わせた。ソウヤは何となく嫌な予感がした。


 ――まさか会いにいこうなんて、考えているんじゃないか……?


 神竜の神社があるといったら、人間のそれに合わせて初詣をする大竜たちである。信奉しているから、あり得ない話ではない。


「予め行っておくけど、神竜様のいる場所に行くまでに、守護者っていう化け物がウヨウヨいるから、大竜でも死ぬ覚悟がないと無理だと思う」

「守護者ぁ?」


 アクアドラゴンがあからさまに不満げな顔になった。


「我々がそいつらに後れを取ると?」

「かもしれない」


 ソウヤは真顔で告げた。


「相対していないのに、凄いプレッシャーを感じた。それが何体もいるんじゃ、さすがのオレも戦う気にならなかった」

「ソウヤが躊躇うほどなんて」


 ミストが眉をひそめた。


「それは相当ヤバそう」


 何せ魔王と二度も戦った男がそういうのである。興味深げに聞いていたライヤーが口を開いた。


「そんなヤバいのがうろうろしているのに、よく戻ってこれたな」

「帰りはスルーなんだってさ。神竜様が言うには、正面から行こうとすると、守護者たちが襲いかかってくるんだそうだ」


 その帰りの先が、時空回廊の光があった奥である。


「なるほどのぅ……」


 アースドラゴンも口を開いた。


「あの火山島の回廊、その奥の光を目指したものが、誰も戻らなかったのはそういうわけじゃったか」

「ファイアードラゴンは、そのことを知っていたのかしら?」


 クラウドドラゴンが言えば、ソウヤは神竜の言葉を思い出す。


「どうですかね……。神竜様は、ファイアードラゴンを小僧呼びでしたけど、時空回廊はそれ以前よりあるという話だったんで……」

「知っておったんじゃないだろうか」


 アースドラゴンはポツリと言った。


「奴が火山島からほとんど出ることなく、一族や眷属であの島を固めておったのは、おそらく、神竜様がおわすのを知って、守護者気取りだったのかもしれぬ」

「あー……」


 アクアドラゴンとクラウドドラゴンが納得するような声を上げた。


「テリトリーを守るのはドラゴンにはよくあることだが、集団で島への侵入を断固拒んでいた理由が、神竜様にあるとすれば、なるほど一理ある」


 外部から侵入を許さず、一族以外ならドラゴンですら返り討ちにするファイアードラゴン族。

 ライヤーが言った。


「ひょっとして、ファイアードラゴンとその眷族が暗黒大陸に攻め込んで魔族を滅ぼそうとしたのって、単にテリトリーを荒らされたってだけじゃなくて、神竜の聖域へ近づこうとしたから?」


 ドラゴンの神に近づこうとしたらから、ファイアードラゴンが魔族一党を排除しようとした、とか、まるで宗教――熱烈な信者たちの行き過ぎた防衛本能のようだとソウヤは思った。

 そうかな、とアクアドラゴンが口元を歪めた。


「あのファイアードラゴンが、神竜様に対して、守護者で満足するとは思えないが?」

「おそらくだが、ファイアードラゴンも神竜様に接触できんかったんだろうよ」


 アースドラゴンは苦笑した。


「あやつらの力を持ってしても守護者を突破できんかったんだろう。だから、後生大事にテリトリーを守って、他の属性ドラゴンが手出しできんようにしたのだ」


 またも「あぁ……」と理解の声が上がった。要するに、誰も近づけないようにして、自分たちが神竜の恩恵を独り占めしているように思い込んでいた、と。


 それを聞いた途端、ファイアードラゴンは意外と器量が小さいと思った。



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