後日談66話、死者を蘇らせる神竜
神竜は、死者を蘇らせることができると言った。
この発言には、ソウヤは仰天した。
「死者を蘇らせる、と……?」
『条件はあるがな』
神竜は重々しい声だが、世間話をするように言った。
『寿命で死んだ者は蘇らせることはできぬ。新たな魂として転生をするなら、この限りではないが』
「……」
『そうでなければ、散逸してしまった魂を集めて、蘇らせることはできる。だが条件その2だが、できれば死んだ者の体か、生前に縁のある品など、何かしらのとっかかりが必要だ。手がかりさえあれば、見つけ出せる』
だとすれば、直近の死者は、その遺体を持って訪れれば、神竜の力で蘇らせてもらえるということか。
ソウヤは整理しつつ、そして気づいた。
「守護者の存在は、知人や親しい人を蘇らせて欲しいと殺到するのを避けるため、ですか?」
復活させてもらえる存在がいれば、亡くした家族、友人、恋人などを蘇らせてほしいと思うものだ。
その願いは、あらゆる知的種族に共通しているのではないか。だがそれをのべつ幕なしに救っては、神竜とて疲れてしまうだろう。
そもそも神とはいえドラゴン。他人の願いをほいほい聞くなどということもない。しかし望みを叶えるために、危険にも構わず向かってくる者は少なくないだろう。そういう、神竜からすればどうでもいい願いを聞かずに済ませるために、回廊の最奥までに守護者という番人を置いているのではないか。
『煩わしいというのは、事実だ』
ドラゴンである神竜が、何故に他種族の願いを聞いてやらねばならないのか?
『しかし、困難を克服してやってきた者の願いならば、死者を蘇らせるくらいのことはしてやろうと思うのだ』
単なる気まぐれ。縋る者に慈悲を。
『我は、苦労に見合うだけの対価はくれてやってもよいと考えておる。だから守護者たちを退け、またはくぐり抜けた者には、その苦労に見合う報酬を与える』
もっとも――神竜は顔を上げた。
『その守護者を掻い潜るのが難しいようだがな』
未だかつて、その試練に打ち勝った者はいない。故に誰も生還していない。
かけがえない人を蘇らせてもらうために、自ら死を選ぶ覚悟があるか。ほぼ100パーセント死ぬとわかっている場所に行って、蘇らせてもらおうというのはどうなのか? 単なる自殺ではないか――と、色々考えさせられそうだ。
『もし、ご友人にも、条件に合う範囲で死者を蘇らせてほしいと思うたなら、いつでも来るがよい』
「……それはどうも」
『ご友人には、そういう蘇らせたい者はおるかね?』
神竜の問いに、ソウヤは考える。
勇者として魔王を討伐するために戦った日々。瀕死の傷を負い、アイテムボックスに避難させた人たちは、今では皆、生還を果たした。
だがあの戦いには、アイテムボックスに収容前に命を散らした者もいて、そういう仲間たち、あるいは旅の途中で知りあって、しかし命を落とした人もいる。一人浮かぶたびに、芋づる式に増えていきそうだが、あいにくと条件外の人ばかりだった。
「できるならいるのでしょうが、もうお別れを済ませてしまった人たちばかりですから。……お気持ちだけで」
ソウヤは苦笑し、再び通路に目をやった。
「それはそれとして、おっかない守護者たちが出る危ない道なら、まず無事に帰れるか、という問題がありますね」
『行きと違って、帰りは守護者たちは手をださんよ。心配はいらない』
神竜は小さく笑ったようだった。
あくまで、来る者を阻む存在であって、神竜と会うことが叶った者を攻撃するものではない。
「だから守護者なんですね。理解しました」
ソウヤは頷いた。神竜は目を細める。
『行くかね?』
「はい。友人たちの下に戻らないと」
魔王軍残党討伐の最中で消えたことになっているはずなので、ミストら仲間たちがどうなったか心配だった。そしておそらく彼女やジンたちもソウヤを心配しているだろう。
「こういう場所で、神竜様と会うことになるとは思っていませんでした。皆によい土産話ができます。……話しても問題ありませんでしたか?」
『構わぬよ。それでここに来ようとして死んでも、我の関するところではない』
「そうですね。……それでは、またどこかで会うかはわかりませんが」
『今度は正面からご友人が訪ねてくれたら、歓迎するとしよう』
――守護者とやらと戦闘は嫌だなぁ。
ソウヤは一礼すると、入り口とされる空洞へと入った。長い長い一本道。幅も高さもあるのが、さすが神竜の巨体でも、窮屈そうではあるが通れそうだった。
このまま真っ直ぐ進めば、やがて時空回廊の見たことがある場所に出るだろうと思う。相変わらず背中の方向から淡い光が伸びていて、辺りを照らしている。以前訪れた時は、この光を逆から見ていたのだと思う。
「先は長そうだ」
徒歩だといつまで経っても着かなさそうだったので、ドラゴンの姿に変身して空中に飛び上がって進むことにした。風の如く、ソウヤドラゴンは飛ぶ。
『……あれが、守護者か?』
恐竜――元の世界で言うところのティラノサウルスに似た魔獣の姿があった。全身白い色をしていて、所々に青い模様のようなものが見えた。気のせいか、目がないようだった。しかし背中に2対、4枚の翼がある。
『あれで飛ぶのか』
飛空艇で乗り込んだら案外楽なのでは、という思いは、一瞬で消えた。しかも何体もいるとあっては、一体や二体躱せばいいというものでもない。
目はないが、守護者が顔を上げて、空中のソウヤドラゴンを見やる。飛んでくるものはない。だがこれは帰っているからであり、神竜のもとへ戻ろうとしたら襲ってくるかもしれない。
『敵意を向けていないはずなのに、凄いプレッシャーを感じる』
これとまともに戦うのは、かなり覚悟がいるだろう。それと優秀な武器も。ソウヤにそう感じさせるほど、白き守護者は強そうだった。さすが神の守護者だ。
どれくらい飛んだか、やがてソウヤは、見慣れた時空回廊に戻ってきた。
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