後日談64話、光の先
洞窟にいた。しかもやたらと暑い。
ソウヤは光を背に歩く。
「何か、既視感があるんだよな……」
大きな洞窟だった。熱風を感じると同時に、背中に感じる光がとても寒々しく感じる。現世とあの世の境――そんなことが脳裏を過った。どうしてそうなのかはわからない。
ソウヤは道なりに歩いた。
この地に足を踏みしめる感覚が、ひどく懐かしい。あの空間にいたのはどれくらいなのかはわからない。
数日にも、ひょっとしたら数時間、いやそれはさすがにないが、時間のわからない空間にいたことで、感覚が麻痺している気がした。
おそらくそうだ。自分は正常な感覚を取り戻していないに違いない。ソウヤは一歩一歩確かめるように歩いた。地面はでこぼこしていて、自然の洞窟そのまま。歩きにくいが、苦ではなかった。むしろ、楽しくさえあった。
「……!」
何かいた。
ズズズ、と地面を這っているそれは、大きなスライムのように見えた。しかし空虚を感じた。中身のないそれ。
――まさか、あの空間の外にも空虚がいるとは……。
ソウヤは、じっとそれを観察する。スライム型空虚は、顔があるかすらわからないから、どう周囲を認知しているのかわからない。少なくとも、ソウヤに反応していない。
――倒せたことないから、できれば戦闘はごめんなんだけどな。
念の為、防御魔法を全身にかけておく。自分でも会心の出来に感じた。虚無にいた頃より、強い力の膜が全身を覆っている。
――師匠の教えを、ちゃんと物にしている。
ソウヤは密かに満足しつつ、スライム型空虚の観測に戻る。
相手はどうも同じ場所を行ったり来たりしていた。何をするでもなくウロウロと。
果たして、その行動に意味があるのか? いや、おそらくない。あれは空っぽなのだ。理由を考えたところで、答えがわかることはない。仮にもっともらしい理由が浮かんだところで、それはソウヤの自己満足に過ぎないのだ。
息をひそめ、ソウヤは静かに、スライム型空虚を避けるように進んだ。一本道である。それなりに広い空洞とはいえ、普通の獣なら気づいて対応している距離だ。しかし隠れる場所もないから仕方ない。
スライム型空虚の後ろを通過するように迂回する。ヒヤヒヤさせられる。倒せなかった敵という印象があるから。
空虚が引き返してくる前に、ソウヤは後ろを抜けた。襲ってくるでもなく、追いかけてくる様子もない。ホッと息をつきつつ、ソウヤは先を急いだ。
果たしてここはどこか? 元の空間、世界に戻ってきたが、どれくらい時間が経っているのか? そしてミストやフラム、仲間たちはどうしているのか?
魔王軍残党のアジトを襲撃して、そこから虚無に飛ばされた。あの空間では仲間たちと会わなかったから、飛ばされたのは自分だけだと信じたい。
・ ・ ・
進んでいるうちに空虚に5体ほどに遭遇した。ソウヤはそれぞれ回避するように動いたが、1体だけ襲われた。
油断があったのだと思う。探知範囲を探るように進んでいたらギリギリアウトだったようで、飛びかかられた。
防御魔法で自身を保護したおかげで殴ることができたが、やはり倒すことはできなかった。ドラゴンのパワーと勇者の豪腕の合わさった拳ですら弾き飛ばすのが精一杯というのだから、この世界の理と異なる相手には、どこか無力な気分にさせられた。
ある程度距離を飛ばしたら、襲ってこなくなったので放置して先へ。
どれくらい進んだだろう? 実はここも虚無なのでは、とソウヤは思い始めていた。
振り返ると、謎の温かそうで温かみのない光が一定距離にあって、間違いなく進んでいるのに、その実感を湧かせない。あの謎の師匠と時を過ごさなかったら、もしかしたら発狂していたかもしれないと思った。
「その点、オレは運がいいのかもしれない」
言葉に出してみて、意味のない行為だと思い、前進を再開した。虚無の時もそうだが、いつか出口に突き当たる。
そもそもここは一本道。進むか戻るかしかない。虚無にいた頃は全方位に行けるから、師匠がいなかったら、こちらで正しいのか迷い続けていたに違いない。
やがて、変化があった。
目の前にさらに巨大な空洞があって、そこに白い壁があった。
否、壁ではない。生き物の体の一部だ。全容がわからないほど大きな、大きな生物の。
「いや、この形は……ドラゴンか?」
『やあ、ご友人。こんなところで同胞を迎えるとは、珍しいことがあるものだ』
頭に直接話しかけられた。この圧力と無遠慮な念話飛ばしは、明らかにドラゴンだ。
『おや、そなたは同胞ではないな? 同胞の血を感じるが、それとは別のものを感じる』
降りかかる声は、不思議にも敵意は感じられなかった。
『あなたはどなたか?』
ソウヤもドラゴンがそうしているように念話で呼びかける。ふと、こういう時は自分から名乗るものかと思ったが、それは小賢しい人間のやり方だと気づき、無視することにした。
『ふむ、知らぬのも無理はない。同胞ですら我が姿を見たことがないものばかりであるからな。まして、混血のそなたでは、我のことは知らぬであろう』
返事はくれるが答えになっていない。しかしソウヤは苛立たなかった。師匠のおかげだと思う。あの人も、すぐに答えはくれないことが多かった。だが学んだこともある。答えをもらうのを当たり前と思うのは傲慢だということだ。
そして自分が理解できなかったから、相手が悪いと即決するのも傲慢だと。このドラゴンとおぼしき存在は、何と言ったか。
同胞ですら見たことがないドラゴン。しかしハーフドラゴンは知らないかもしれないが、そうでない、純粋なドラゴンならば知っているかもしれないという存在。同胞ですら見たことがない。四大竜でさえ、同属性のものは会ったことがあるという。皇帝竜、それよりさらに希少な存在。ならば――
『……あなたは、神竜か?』
『ほう、我を知っているのか』
白き巨大ドラゴンは、のそのそと動いた。いや尻尾だけ。
『知らぬ者に名乗ってもしょうがないが、知っている者ならば話は別だ。左様、我は神竜。ドラゴンの世界では神と呼ばれておる』
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