後日談63話、見えた光


 ソウヤは老人と話をした。相変わらず何を言っているのかわからないことも多かったが、どこまでも続く何もない世界を行くには、よい退屈しのぎとなった。


 だが、この空っぽの世界は、ソウヤたちに襲いかかった。


 黒い塊が飛び込んでくる。それは見ただけで、明確な空虚。何もないという事実が、耐え難い恐怖の感情を呼び起こした。


「あれは何ですか、師匠!?」

「空虚だ」


 師匠は答えた。いや、そのままではないか――と思ったが、この虚無の世界ではそうなのだろう。


「オレは色々とモンスターと戦ってきましたが、あんな黒い何かで、ここまで怖いって思ったことはないです」

「それはある意味、正しい反応だ。あれは死そのものだ。人を喰らい、真の虚無を与える」

「敵、なんですね?」


 ソウヤは身構えたものの、不安が込み上げてくる。どうしてそうなのかはわからないが。


「あれって素手で触っても大丈夫なのですか?」

「それは推奨しないな、我が弟子よ」


 老人は、ふらりと手をあげると、指先から電撃を放った。魔法だ。


 しかし電撃は、空虚に当たったものの、何か効果があったような見た目でわかる反応はなかった。ただ押されるように流されていく。


「師匠は、魔術師なんですね」

「どうしてそう思う?」

「え? ……魔法を使ったから?」

「魔法を使えば、魔術師なのかね?」

「……それは違うと思います」


 ソウヤの答えに、師匠は首肯した。


「そうだ。魔法が使えること、それが魔術師とは限らない」


 二人は進む。しかしふとソウヤは思う。これは本当に進んでいるのか、と。前を向いて、その方向に飛んでいるのを、果たして進んでいると言っていいのか。……また意味がどうのと難しいことを考えていることに気づき、自嘲する。



  ・  ・  ・



「力の加減が難しい?」

「ええ、オレ、ドラゴンの血が混じってハーフドラゴンになってしまったんですけど、そのせいで、人間として日常生活が送るのが難しくなってしまって」


 移動するお喋りの中で、ソウヤは現在の悩みの話をした。


「――そんなわけで、リハビリしないと、人間社会に戻れないと思います」

「それは思い込みだ。我が弟子よ」


 師匠はきっぱりと告げた。


「意識し過ぎが原因だ。ドラゴンブラッドはすでに君の体の一部だ。それを御せないのは、君がそう思い込んでいるだけなのだ」

「そうなのでしょうか?」

「半信半疑というところだな。意識の問題だ。君がそれを認めるまでは、解決しないだろう」


 それは困る。自分でも意識はしているはずなのだ。いや、その意識し過ぎが問題なのか。


「潜在的な恐怖がなせる業だ。君は、自分の力で親しい者を破壊してしまうのではないか。それが恐怖となっているのだ」

「恐怖……」


 ――魔王とだって真正面から向かっていけるオレが? 怯えているってか? ……ああ、怯えてるな、確かに。


 仲間と握手やハグを交わした時、そのまま相手を力で潰してしまうのではないか、という恐れは、確かに存在している。


 実際、触れて壊してしまったカップや箸、日用品も多かった。その失敗例が、自然とソウヤに恐怖心を擦り込んでいるのだとしたら?


「意識の問題だ。無意識にやれば、案外すんなりいくかもしれん」


 師匠は言った。


「まあ、こう言うと、無意識に触れて壊してしまったら……と恐怖をおぼえるかもしれん。では、アプローチを変えよう」


 すっ、と師匠は手を差し出した。


「握ってみなさい」

「えっ……と。大丈夫なんですか?」


 師匠は無言で手を出す。ソウヤは躊躇い、しかし手を握った。……握れた。


「大丈夫ですよね、師匠? 何をやったんです?」

「防御魔法で膜を作った。君が力一杯握っても潰せないよ」


 フードを被った師匠の目元は見えないが、口元は緩んでいた。


「そんなに心配なら、触れるものに魔法で膜をかけておいたらどうかね?」

「オレが、防御魔法を相手にかける?」


 左様、と師匠は手を放した。


「何故、素手だけで何とかしようと思ったのだ? できないと思ったなら、別の方法を考えてもいいと私は思うよ」

「話はわかりました。でもオレは、そういう魔法は――」

「使えない? ならば使えるように試してみてはどうだ? 時間の感覚がない虚無の中ならば、やっていればいつか使えるようになるだろう」


 考えるな、やってみろの精神だろうか。ソウヤは少し視線を彷徨わせた後、師匠を見た。


「やり方を教わっても?」

「また一つ、前進したな、我が弟子」


 師匠は笑った。だがその笑い方が、どこぞの悪い魔法使いのような悪役のようなのが、少々気になるソウヤである。悪い人ではないと思うのだが。



  ・  ・  ・



 どれくらい彷徨ったのだろうか? 時間の感覚のない世界では、それはわからない。随分長くいる気がするが、腹は減らないし喉も渇かない。疲れたという感覚も、眠気もないから余計に始末が悪かった。


「師匠、あそこに光が見えます」

「……そうか。ではあれが君の世界へ戻る出口であろう」

「出口……戻れるんですね! やった!」


 この虚無から出られる。ソウヤは胸が躍るのを感じた。


「では行きましょう!」

「いや、ここから先は君だけだ」


 師匠は下がった。


「私には、君の見ている光が見えなくてね……。それは私の世界のものではないからだろう」

「違う世界の人間……?」


 師匠はコクリと頷いた。


「長くもあり、短くもある旅路であった。……幸運を、我が弟子よ」



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