後日談57話、ソウヤ、大地を感じる
魔王軍残党の捜索をするわけだが、道中は移動もできるクレイマンの浮遊島で向かうことになった。
「ここの方が各種設備が整っているからね」
ジンは言った。
「遺留品から、ある程度の地名はあがれど、そのどこにいたか、細部まではわかっていない。ぶっちゃけ、今の状態では探す範囲が広すぎてわからないと同じだ。もう少し、詳しく調べる必要がある」
クレイマン王の人形たちも使って、情報収集を行う。
残党狩りと息巻いたところで、その拠点が明らかになっているわけではないのだ。敵の存在が明るみになっただけで、本格調査はこれからである。
と、それでひとまず調査報告待ちになる……ということはなかった。
上級ドラゴンたちが、島にいながら魔力眼――千里眼のように遠方から見通す技を使い出したのだ。魔王軍の飛空艇追跡などでお世話になったドラゴンたちの能力だが、ソウヤはまだそれについてやり方を知らない。というか、できるのだろうか?
だが、ソウヤは、別の方法を勧められた。
「ソウヤよ、お主も、我が大地竜の後継となったのだ。魔力眼は置いておいて、大地に耳を傾ける業を使えるようになるのがよかろう」
仙人姿のアースドラゴンは、若きソウヤに言うのである。
「意識を研ぎ澄まし、大地の息吹を感じよ。そこに息づく生命を感じるのだ。さあ、目を閉じ、心を遊ばせよ。体から解き放て」
瞑想するアースドラゴン。正直わかりにくいが、言わんとしていることがなんとなくわかるのは、アースドラゴンの力を継承したせいか。
精神を統一し、意識を広げる。
「見えるか?」
「……いえ」
目を閉じて、大地を感じようとする。暗闇の中、下のほうに、ぞわぞわと輪郭のようなものを感じる。
冷たくて、暖かくて……雑多な、光のようなものを。
「そうじゃ。それが生命というものだ」
ソウヤが何も言っていないのに、老ドラゴンはまるでわかっているように告げた。ソウヤが感じているものを、アースドラゴンもまた感知していた。
「初めてにしては上出来だ。まあ、わしがお主に与えた力だ。もう根っこはあるわけだから、後はお主がその力を開拓するだけだ」
そこでポンと、アースドラゴンはソウヤの肩に手を置いた。
「手本を見せてやろう。大地竜の力というものを」
その瞬間、瞑想するソウヤの中で、大地の魔力が一斉に鮮やかに色づいた。
現代日本にいた頃、テレビで見たサーモグラフ映像のよう、というべきか。熱分布が色で分かるように、魔力の強弱で色が変わるようだった。少し、普段とは異なる色合いに、慣れるまで違和感だったが。
「……生き物が見えます」
遠くて小さいものの、輪郭が浮かび上がってそれが四足の魔獣だったり、あるいは人だったり、鳥だったりがわかる。
「……アースドラゴン。あなたがテリトリーの島に、コレルたちが侵入したのを感じ取ったのは、こういうことなのですか?」
「その範疇、というべきかもしれんな。あそこはより強く感じ取れるというだけだが……まあ、修練すればお主にもできるようになるだろう」
世界が広がった。高いところから下界を見下ろしているように見える。とはいえ――
「ここから魔族を見つけられるのですか?」
「ふむ……。魔力には色がある。わかるな?」
「……今見ているもの、その色の違いが、魔力の違いでしょうか?」
「よいぞ。して、その魔力の色の中に、色とは別に感じるものはないか?」
感じるもの――ソウヤは、さらに意識を研ぎ澄ます。雑多な魔力の中にある違い。
「冷たさ……熱……不快感」
「よいぞ。その不快感を辿れ」
気持ちの悪いもの、そう感じたものに、ソウヤは意識を向ける。
「これは……何でしょうか、アースドラゴン?」
「憎悪の感情――恨み、怒り、悲しみ。いわゆる負の魔力だ」
アースドラゴンは、年長の教師が告げるように言った。
「負の感情には、負の魔力が集まる。急に寒気がしたり、嫌な予感がすることがあるだろう……。そういう時は、大抵、負の魔力に触れておるのだ」
「……」
「自然というのは、負の魔力には悪いものが集まる。成仏できぬ霊もあれば、復讐に凝り固まった者なども、負の魔力が集まりやすい」
老練なアースドラゴンは語る。
「そして我らドラゴンと魔族は、他の種族に比べて魔力が集まり、周囲より目立つ。そこが負の魔力に染まっているならば……探している魔王軍残党の可能性は高いだろう」
――なるほど。
ソウヤは目を閉じたまま、地上の魔力へと視線を巡らせる。浮かび上がる魔力に染まった大自然。そうやって天から見下ろしているうちに、自然と呼吸がゆっくりになるのを感じた。
スッと自分の体が、まったりとした魔力の波に溶け込み、一体化していく感覚となる。生温いような、柔らかいような――心が凪ぐ。世界がさらに広がっていくように思える。
不快な塊が見えた。濃い魔力の色。
近づく。そこにある空間もないように、瞬時に行きたいと思った場所に感覚が飛んでいく。
不快な塊は魔族のようだった。冷たく、周囲の魔力も冷えている。敵意、憎悪に染まった魔力。
ソウヤは、そっと目を開けた。アースドラゴンは静かに言った。
「見えたか?」
「はい。おそらく、いえ、魔族です。集団でいた」
魔力で見ただけで、輪郭もぼやけていたのに、それが魔族だという確信があった。これが大地竜の言う大地の息吹に耳を傾けるだろうか。
ソウヤは、早速、感知した魔族の位置を、ジンに教えて、地図の照合した。結果、例の魔族兵が立ち寄ったと推定される場所の中に、それはあった。
「興味深いね」
ジンは苦笑した。
「もちろん、調査するしかないね。他に手掛かりはないんだから」
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