後日談38話、異種族コミュニケーション ――フラッド


 リザードマン。頭はトカゲ、尻尾があることを除けば人型に近い種族。トカゲ人間とも呼ばれることもあるが、その種族的な分類をする時、意見が分かれる。


「つまりは、亜人なのか、魔族なのか、でござるよ」


 リザードマンの呪術師にして戦士、勇者パーティーの一員だったフラッドは、そう独特の共通語で話した。


 物書きのトド・アンダールは、元勇者の仲間であるフラッドとコレルと会う機会を得て、彼らを取材する。


「種族的な話はデリケートなので、失礼を承知で聞きますが、リザードマンの方々は、その辺り、どう考えているのですか?」

「亜人か、魔族か、でござるか?」


 頷くトドに、フラッドはチロチロと舌を出した。


「リザードマンはリザードマンでござる。亜人とか魔族とかいうカテゴリー自体、人間やエルフが呼んでいるだけであり、我々は我々でござる」


 そう言うと、フラッドは指を向けた。


「では逆に問うでござる。人間は、亜人か? それとも魔族か?」

「……間違っても魔族ではないかと」

「そうでござるか? 魔族の中には、人と同じような姿をしている者も少なくないでござるよ?」


 そうだとしても、人間と魔族は違う。角もないし、羽根もないし、明らかに別種だろう。では亜人か、と言われるとそれもやはり違うと思う。


「……どちらも違うかと」


 戸惑い、やや自信がなくトドが返せば、フラッドは口をパカッと開いた。


「では、何でござるか?」

「……人間、だと思います。人間は」

「そうでござるな。つまりはそういうことでござる」


 リザードマンを亜人か魔族かに分けようとするのは、単なる人間の自己満足でしかない。見た目トカゲ頭だから勘違いしそうであるが、リザードマンという種族はかなり頭がいいのではないか、とトドは思った。


 無意識のうちに、知能は人間に劣り、原始的な種族だと思い込んでいた。もちろん、トド・アンダールにとって、本物のリザードマンと接する機会などほぼ初めてだから、彼が特別頭がよいだけかもしれないが。


「トド殿は、某が怖いでござるか?」


 フラッドは、本人を前にしてはとてもデリケードな質問を発した。これには、たっぷり戸惑うトドである。失礼のないように答えようと思うが、それは嘘をつくことになるのでは、と言葉に詰まったのである。本音を言えば、まだ若干怖い。


「見た目で判断される……これは仕方のないことでござる。生き物は、未知の存在を恐れるのが自然でござるからな。正直、怖かろうでござる」


 パックリと大口を開けると、まるでワニのようでもあり、トドも引きつった笑みしか浮かべられない。あの鋭い歯、噛まれたら肉がズタズタにされそう。


「……あれ、私はトカゲには歯がないなんて聞いたことがあったんですが、リザードマンにはあるんですね」


 一瞬、フラッドは沈黙した。ちら、と横顔を向ける彼だが、人間と異なる顔は表情がわからない。


「歯はあったりなかったり、それこそ種類ごとに違うでござる。……あと、あまりリザードマン相手にトカゲを例えに出すのは、控えたほうがいいでござるよ。人間を猿と呼ぶのと、変わらない侮蔑的表現でござるから」

「あ……すみません。そんなつもりは――」

「なかった、そう信じたいでござるな。無知は怖いのでござる。某でよかったですな。気の荒い者なら、噛みついてきたかもしれないでござるよ?」

「……気をつけます」


 異種族コミュニケーションは難しい。


「まあ、それを言ったら、『リザードマン』という呼称も差別的ではないのか、という意見もなくはないのでござる。意見の分かれるところでござるが、共通語ではそうなっているので仕方がないでござるが」

「リザードマン……あなた方の間では、自分たちを何と呼んでいるのですか?」


 言い直したトド。フラッドは横顔を向けたまま、舌をちらつかせた。


「……?」


 何度かフラッドは無言で舌を同じように動かした。遠巻きで話を聞いていたのか魔獣使いのコレルが笑いを噛み殺している。


「何です?」


 たまらず聞いたトドに、フラッドは共通語で答えた。


「我々、リザードマンの言語は人間には難しいのでござるよ」


 どうやら、フラッドは何度か言ってくれたようだが、トドにはまったく聞き取れなかった。


「これは仕方がないでござる。種族によって交信手段が違うなんてことは多々あるのでござる。言葉、仕草、行動、あるいは念話などなど」


 フラッドは、小さく口を開いた。


「我々の種族は、あまり言葉のほうは得意ではないでござるからな。声量がないのが原因かもしれぬ」


 充分人間にも聞こえる声で言いながら、肩を上下させる。ひょっとしたら、笑っているのかもしれない。口の開き具合が、さも人間が笑っているのを連想させた。


 リザードマンはそう笑うのか、あるいは彼が伝わるように気を遣ってポーズを取ってくれたのかはわからない。だが人間と交流が深そうなフラッドだから、ボディランゲージには長けているのかもしれない。

 では、話題を変えよう。


「フラッドさんは、どういう経緯で、勇者パーティーに加わったのですか? 勇者ソウヤとは、どういう出会い方を?」



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不定期更新です。


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