後日談37話、いつの間にか、としか言いようがない


 他国の諜報員を始末したところを、カマルはソウヤに目撃された。

 カマルは、自身の任務のことを仲間たちに明かしていない。故に、ソウヤから見て、カマルは普通の町娘を殺害したように見えたことだろう。


 普段の、人助けとあれば躊躇しないソウヤなら、ただちに行為を咎めて問い詰めただろう。一般人に手をかけたなんて、勇者やパーティーメンバーたちは怒り、非難するに違いない。状況によっては拘束し、国に通報して送り返されることになる。


 諜報員としての秘密を守らなくてはならないカマルとしては、下手な言い訳はできなかった。逃げても任務は果たせず、大人しく捕まっても、尋問が始まれば、やはり任務は果たせないだろう。


「……その女、敵か?」


 開口一番、ソウヤは言った。これにはカマルは、一瞬詰まった。まったく想定していない反応だったからだ。


「魔族……ではなさそうだが、そうなのか? カマルは、この人がどこの国のスパイかわかったのかい?」

「……驚いたな。気づいていたのか?」


 用心深く、カマルは切り出した。この状況を見ても、とくに慌てる様子もないソウヤ。まるでカマルが諜報員であることを知っているかのような風にも見えて、慎重になる。


「コレルが怪しいって言っていたんだよ。フラッドは『この娘、嘘をついているござる』だってさ」


 ソウヤは答えた。魔獣使いとリザードマンが、他国の諜報員に勘づいたという。


「オレにも何か、必要以上に距離を詰めてくるから怪しいな、って思ってた。……まあ、まずい奴は、カマルが片付けるんだろうなって思っていた」

「! 気づいていたのか?」

「ん? お前が暗殺者だってこと? まあ、何となく」


 ソウヤは、あっさりと言った。やはり、ここでの行いについてカマルを咎めたり、責める気配は微塵もない。普通、わからない事態、想像外の殺人には動揺してもおかしくないのに。


 聞けば、カマルが暗殺者ないし諜報員であることに気づいたのは、魔獣使いのコレルとその従魔たちだったという。

 彼の口から『カマルは、オレたちの見てないところで殺しをやっているぜ?』とソウヤに知らせたらしい。

 血の臭いに敏感な獣たちが、勇者パーティーの行動の妨害や切り崩しを図る輩を始末したカマルから、それに気づいたのだった。


「で、後はお前が『誰』を殺しているか、なんだけど、コレルの従魔たちがお前からは邪悪なものを感じ取っていないし、フラッドも、カマルはこちらに害意を与えるヤツを始末してるんだろうって断言していたからな」


 コレルの従魔たちとは、それなりに慕われているカマルである。自分にも動物と仲良くできる素質があるのでは、と思っていたら変なところで潔白証明になった。


「あんがとな、カマル」


 これまで陰で勇者パーティーのために活動していたことを、ソウヤは何も言わずとも察して労った。意外と思う反面、まさか自分の働きが異世界からきた若者に受け入れられていると思わず、カマルは熱いものを感じずにはいられなかった。


 清廉潔白な勇者なら、このような行動を認めるはずがない。軽蔑、信頼もなくなり、仲間たちからも吊し上げられてもおかしくなかったし、バレたらそうなるという予感はあった。


 だが、ソウヤは妙なところで、現実的だった。清濁併せ呑む度量を持ち合わせていた。異世界の若者は、光だけでなく陰もその懐に受け入れていたのだ。


 果たして、勇者と仲間たちの監視任務の件には、気づいているのかいないのか。ともあれ、ここまできたら、カマルも自分が、エンネア王国の諜報員であること、その任務を明かした。何の説明もなく、これまで通りといかないと思ったから。


「そうか。じゃあ、これからもよろしくな」


 ソウヤは、カマルの任務内容も諜報員であることも受け入れた。これまでの彼を見て、信頼し、そしてそれは揺るがなかったのだ。


 この時、カマルはこの異世界勇者が魔王討伐を果たすその日まで、全力でサポートすることを誓った。そして願わくば、その後も、数少ない友人としての交流を望んだ。



  ・  ・  ・



 カマルは、これまで様々な場所を旅した経験を活かして、勇者パーティーの案内人として活躍した。諜報員としての仕事もこなしつつ、時にそちらの仕事にも協力するソウヤに感謝しつつ、魔族との戦いを潜り抜けていった。


 傷つき倒れる者もいる過酷な旅だった。見知った顔も減っていくのは、カマルにも少々寂しさをおぼえたが、仲間たちのメンタルにも気を配ることも増えていった。


 魔王討伐を成功させるためのも、パーティーメンバーの精神状態を保たせるのも重要なことだった。諜報員として広く浅くとはいえ、様々な人間と交流した経験が、カマルにそんな役回りでの貢献を求めた。


 その頃を思い出す時、一番手がかかった者を挙げろ言われたら、メリンダ・カーライルだろう。


 パルラント王国の騎士で、『百人殺しのメリンダ』の異名でやってきた女傑だ。女傑という貫禄はまるでなく、異名についてもパルラントが、ハッタリをかますために付けただろうことは、カマルにはすぐにわかった。


 他のメンバーたちが、魔王討伐の旅にそれぞれ譲れない何かや、強い意志を持っていたが、メリンダはそれがなかった。


 言われるまま、勇者パーティーに参加し――いや参加させられている。そう感じた。彼女は実力は申し分ないが、何かにつけてネガティブな思考に陥り、よくカマルの面倒になった。


 これというきっかけは、カマルにも覚えがない。しかし、彼女のダウナーな状態と付き合い、面倒をみているうちに好意を抱くようになっていた。


 手のかかる妹の面倒を見ているという感覚だろうか。兄弟姉妹がいないカマルにはわからないが、元気な時に吐くはっきりした物言いに反して、ネガティブに突っ込んだ時のギャップが、カマルに秘められた世話焼きな一面を刺激したのかもしれない。何だかんだ、メリンダのほうも、カマルに対して遠慮がなかったから、諜報員として敬遠されがちな彼には好ましかったのかもしれない。


 魔王討伐の旅の途中、メリンダが瀕死になり、ソウヤのアイテムボックスに収容された。そして魔王は倒され、そのソウヤも意識不明の状態となった。


 だがカマルは、ソウヤが死んでいないことを知っている数少ない一人だったから、彼が復活した後、アイテムボックス内の仲間たちが帰ってきた時のための情報収集を欠かさなかった。


 それが、ソウヤがカマルに、メリンダの家族の件を調べてほしいと連絡した際、別の国のはずなのに、すぐに彼女の家庭状況を報告できた理由だったりする。


 メリンダの復活後、折に触れて家族の話をカマルが持ち出したのは、例のお節介が発動した結果だが、まさか自分が後年に彼女と結婚することになろうとは、さすがに当時は思っていなかった。


 人生とはわからないものだ。


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不定期更新です。


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