後日談35話、諜報員は勇者に出会う ――カマル
諜報員の仕事というのは、孤独なものだ。
エンネア王国の諜報員であるカマルは、物心ついた頃には、すでに訓練を始めていた。家は暗殺者の家系だった。
だから親に連れられて、幼少期から色々な場所に行き、殺しや諜報の手口を、息を吸うが如く自然に学んでいた。
『いいか、カマル。まずは『見ろ』。俺たちの仕事は、そこから始まり、それが全てだ』
父は折に触れて、見ることの重要性を説いた。
人を見て、場所を見て、記憶し、覚える。短い間に見たものを正確に覚え、そして何があったのか、何人いたのか、何をしていたのか、見たものを簡潔かつ正確に説明する術も繰り返し学習した。
そのまま自然に、諜報員となった。何の疑問を抱くこともなく、その職についた。就職試験のようなものはあったが、カマルにはちょっとした小テストみたいなので、難なく合格した。
以後、カマルは王国の諜報員として生きてきた。
暗殺もできるが、カマルに求められたのは情報収集関係の仕事だった。その場に溶け込み、観察し、報告を上げる。
そのために友人は表面上の付き合いだけという浅い関係であり、職業柄、女性との付き合いも深みにはまらない関係を維持した。
見た目はよいほうで、気遣いができて、マメだったから、慕ってくれる女性の知人は多かった。……間違っても、その人の名前を間違えたり、別の女の名前を出すことはない。
浅い関係だ。カマルは、何事にも後腐れないように振る舞った。
淡泊なのだ。姿を消しても、『ああ、そういえばそんな人もいたね』程度で済むように。間違っても、生存確認しようと探されるような関係にならないようにしていた。
周囲に溶け込み、気づけば背景にいて、しかしいなくても気にされない。存在感の出し消しが上手いのだ。
……気配消しが上手すぎて、すぐ後ろを歩いていても気づかれず、振り返った途端にそこにカマルがいて驚く人は少なくない。むしろ、その驚かすのが好きなのが、カマルにとって、数少ない茶目っ気であるかもしれない。
諜報員は、身軽である。任務によって移動はしょっちゅうであり、旅人スタイルが割と基本である。
事実旅慣れているが、ある程度腰を据えるような任務で、部屋を借りたり拠点を作ることはあった。しかし、すぐ引き払えるように荷物はあまり持たなかった。
敵が踏み込んでくることもあったし、急な任地変更にも即対応できるよう、物を持たなかったのだ。
そんな生活故か、カマルは残る物を買わなかった。家の家具だったり、インテリアだったり、アクセサリーの類いも。
自分の身につける装備、仕事道具の手入れや補充、衣服を別にすれば、大抵は消耗品――食費に消える。……彼は、割とグルメだった。
何か大きな買い物をしたり、物が欲しいと思うことはなかった。だからか、お金は使ったら残らない食事だったり、交際費や遊興費で消える。
プライベートで貯金はしない男である。仕事柄、いつ死んでもいいようにお金は残しておかない。遺産を残すような相手もいないから。……もし残す相手ができたなら、その時は変わるとは思う。
仮に働けなくなったらどうするのか? 蓄えておかないのか? これに関しては、カマルは諜報員が働けなくなる時は死ぬ時だと割り切っていた。
そんなカマルは、王国諜報員として着実に仕事を務め、果たしていった。王家の駒として実によく働いていた。
活動と成果を認められた結果、一つの大仕事を任された。
十年以上前の召喚勇者、相木ソウヤのパーティーに、レンジャーとして同行し、旅の様子の報告せよ、というものだった。
旅慣れていて、それなりに戦闘技術、サバイバル術に秀でているカマルには、勇者パーティーの魔王討伐の旅は、うってつけの任務とされたのだ。
カマルには、任務に対して拒否権はない。魔族と戦う過酷で危険な旅も、さして悲愴感はなかった。
そして、彼は、生涯の友人とも呼べる勇者と愉快な仲間たちに出会った。
といっても、カマルは顔合わせより前に、勇者ソウヤの観察から始めた。
力は凄かった。人間として、出してはいけないパワーを見た時、なるほど魔族とも戦える人間だと思った。
しかし、武器の扱いにはさほど慣れていないようで、動きは素人にケが生えた程度。まずは戦い方を学んでいた。
……それだけ、異世界召喚されたばかりの頃のソウヤを知る最初期からのメンバーとカマルはなるわけだが。
「はじめまして勇者ソウヤ。私はカマル。職業はレンジャー。……まあ、案内人みたいなものだ。よろしく」
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