後日談34話、芯がない彼女
思えば、メリンダは、故郷のことに触れるのを避けてきた。
国に帰ったら恋人に告白して結婚するのだ――その思いで頑張ってきたら、気づけば十年経っていて、妹に彼氏をとられていた。しかも子供が二人いて、普通に家庭を築いていた。
これでは立つ瀬がないメリンダである。
パルラント王国では、魔王との戦いに殉じた騎士として、メリンダは英雄視されているという。
……そう、故人である。それもあって、メリンダは故郷に帰るという選択肢に対して積極的になれずにいた。
いや、帰らない理由にしていた。
流れるまま、銀の翼商会にいて、レーラと共に銀の救護団に同行した。自分は騎士であり、聖女様の護衛であると自負して。
だが、それでよかったのだろうか、とメリンダは思い始めていた。救護団にいても、他のメンバーが仕事をしているのを尻目に、ただ突っ立っているだけの自分。
もちろん、警備も大事な仕事である。しかし被災した土地にあって、武装している銀の救護団を襲撃してくるような者たちは、今のところいなかった。
魔獣などは出没したが、それはメリンダでなくても、元カリュプスメンバーたちが片づけてしまえる。
今のところ、メリンダがいなくてはならなかったと思える事態は起きていない。それはつまり、いなくても一緒なのでは、とネガティブな思考に繋がる。
そんな不安定さを抱えるメリンダに、古き友人であるカマルは言う。
「お前はさ、何かやりたいことないのか?」
惰性で聖女の護衛についてきた――
「故郷にも戻らず、自分の将来について、考えているのか?」
「うーん……」
メリンダは即答できなかった。
「わからん。私は何がしたいんだ?」
「俺に聞かれても困る」
カマルは、メリンダの隣に座った。
「そうだな。原点に戻ろう。……お前は勇者パーティーのメンバーに選ばれた。百人殺しの称号と共に」
「やめーや。恥ずかしいんだわ、それ」
メリンダは苦笑い。カマルは肩をすくめる。
「むろん、知っている。パルラント王国が周りの国になめられないよう、誇大表現を使ったことはな」
カマルは諜報畑の人間である。過去、百人殺しのメリンダが、どんな人物なのかの調査を行っていた。
「もし勇者パーティーのメンバーにならなかったら……どうなっていた?」
「うっ……」
それはメリンダの心を抉る。
「たぶん、結婚していた。私がいない間に妹が結婚していたあの人とね!」
そして自分こそが家庭を築いていたのだ。
「でももうどうだっていうの? 向こうはしっかり家族やってるんでしょ? 今戻ったってギクシャクして誰も得しないのよ」
妹も、彼も、その子供たちも、両親も。幸せになっている家族がギクシャクするのも壊れるのも見たくない。
頭を抱えるメリンダに、カマルは言った。
「つまり、騎士は辞めるつもりだった?」
「それは……その時になってみないとわからないけど、もし彼が辞めてほしいというなら、辞めたわね」
「他には? 何かないのか? なりたいもの、とかやりたいこととか」
「……」
「ないんだな」
さっきも答えられなかったことが、すぐに浮かぶわけがない、とメリンダは心の中で呟いた。黙り込む彼女に、カマルは言った。
「そこなんだよ。今のお前には軸がない。やりたいことがないから、迷うんだ」
正直、腹が立ってきた。何故、こんなところで説教じみたことを言われないといけないのだ。
「……お前がせめて、カリュプスの連中のように、レーラを守るのが使命。命をかける、くらい言えれば、簡単だったんだがな」
「は?」
「『わかっているじゃないか。迷うことも悩むことなく使命を全うしろ』と背中を押すだけで済んだのに、って話だ」
面倒な奴め、とカマルに睨まれた。
「わ、私のせい?」
「お前のせいだ、馬鹿者。惰性で生きるなど、無能の生き方だ。ソウヤも、レーラも他の奴らもそれぞれの道を決めて、進んだ。お前もガキじゃないんだから、大人らしく自分で考えて生きろ……と、らしくもないアドバイスをしてみる」
カマルはすっと立ち上がった。
「それでも、誰かにおんぶにだっこされて生きたいって言うなら……俺と結婚するか? 養ってやる」
「はあ!?」
これには素っ頓狂な声が出てしまうメリンダである。
――えっ、なに? いま私、告白された!? ええっ……?
意識したら途端に顔が熱くなってきた。体中の血液が沸騰するかのように、火照ってきた。
「い、いきなり何を言い出すのよ? け、けけ、結婚だなんて! 気でも狂ったの!?」
「伊達や酔狂でそんなことが言えると思うか?」
淡々とカマルは言った。メリンダは二の句が継げない。
――マジで?
「それが嫌なら、さっさと自分のやりたいことを見つけるんだな。気のない奴に、まともな仕事はできないからな」
立ち去るカマル。メリンダは呆然とその背中を見つめる。
・ ・ ・
2年後、メリンダはカマルと結婚することになる。きっかけは、と聞かれた時、はっきり意識し始めたのはこの時だったと、彼女は語った。
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