後日談28話、銀の救護団を名乗るまで


 レーラ・グレースランドが、救済の旅に出る。


 それを聞いた時、銀の翼商会にいた者たちで、真っ先に声が上がったのは、ガル、オダシューらカリュプス組と、騎士メリンダだった。


 メリンダ――パルラント王国の女騎士にして、勇者パーティー時代からの仲間である彼女は、銀の翼商会にも同行者という立場だったから、フットワークは軽かった。


「レーラ様をお一人で行かせられない。私が守る!」


 復活してから、ずっと恩人でもあるレーラの近衛騎士のように振る舞ってきたメリンダである。

 聖女様が救済の旅に出ると最初に話を聞いた時、セイジも、メリンダが同行を申し出るということは予想できた。


「……そういうことなら、私も同行しよう」


 意外だったのは、エンネア王国の戦士であるカマルだった。彼は諜報畑の人間であり、出向という形で、銀の翼商会にいた。

 だから、セイジからしても『そうですか』程度で済む話だったから、特に口を挟むことはなかった。


「彼女は世界を巡るのだろう? ならば私にとっても、仕事柄悪い話ではない。それに――ソウヤもいないからな」


 勇者亡き今、聖女まで失うのは世界の損失である、とカマルは言った。


 そこまではいい、とセイジは思う。

 勇者パーティー組は、銀の翼商会ではソウヤとレーラの旅に付き合っていた形だったから、特に商会事業に絡んでいたわけではない。

 これから銀の翼商会をやりくりしていくセイジとしても、ダメージはない。


 しかし……カリュプス組は違った。


「俺の、俺たちの命は、ソウヤとレーラ様によって生かされている。レーラ様が旅立たれるというのであれば、ソウヤの分まで彼女を支え、守らないといけない」


 ガルは真剣そのものだった。しかし美形な顔立ちに浮かぶのは、執着というか、使命感。命を捧げるという言葉を、本気で実行しかねない危うささえ感じさせる。

 勇者として戦い、帰ってこなかったソウヤ。彼を守れなかったことを、相当悔やんでいるのは知っていた。


 セイジとしては、商会の古参メンバーであるガルには残ってほしかった。だが彼とその仲間たちの行動順位を知っていたから、口に出して止めなかった。

 後年のインタビューで、セイジが語った言葉は。


『何が何でも、レーラさんを守るという鬼気迫る覚悟。事情を知っている人間なら、面と向かって『残ってくれ』なんて言えませんよ。僕の師匠の一人で、兄のように思っていた人ですからね。一度決めたら、決してブレないのがわかっていたから、残念でしたけど、送り出しました』


 ただし、無理はしないでほしい、とセイジは、ガルやカリュプスメンバーたちに伝えた。元暗殺者たちは、自分たちの命について、一般人よりも軽く考えているフシがあったからだ。いざとなれば犠牲になることも、躊躇いなくやってのける。


「まあ、ガルのことも含めて、おれのほうで注意しておくわ」


 カリュプス組のリーダーであるオダシューは、勇者ソウヤの死で、神経を尖らせていた他メンバーと違って、まだ周囲に気遣える雰囲気があった。


「すまねえな、セイジ。商会も大変な時だとはわかっちゃあいるが――」

「わかってますよ」


 ソウヤを失った時、何もできないところにいたことを今でも悔いているのを見れば、同じく守護対象と見ているレーラからは、一ミリもそばを離れないという思いが強いこともわかる。


 セイジは、銀の翼商会創設時のメンバーであり、個人的な忠誠度の話をすれば、レーラよりもソウヤ。だから商会の後を引き継ぐつもりになったし、このまま消えてしまうのは、ソウヤのこれまでを捨てるような気分になっていけなかった。


 ガルやオダシューたちは、そういう対象がレーラにあったということなのだ。だからセイジは、彼らを止めなかった。立場が違うだけで、やろうとしていることは同じだから。


 かくて、レーラとメリンダ、カマル、ガルたちカリュプス組が、銀の翼商会を離れることになった。

 そこそこの集団になり、聖女の護衛については問題ない。……正直、救済の旅に諜報員や暗殺者だらけというのは、『救済』が違う意味に聞こえてくるのだが、職業的差別になるのでセイジは言わなかった。


 レーラの救済の旅は、先日の魔王軍や炎のドラゴン族の襲来によって被害にあった地を巡るという。範囲の広い話で、飛空艇があったほうがよいのではないか、という話になった。


 が、それはセイジら銀の翼商会側で、複数の船はいらないと処分した後だった。銀の翼商会はゴルド・フリューゲル号。ゴールデン・ウィング二世号はライヤーが購入した。残る二隻は、ソウヤのために色々便宜を図ってくれたグレースランド王国に販売済みだったのだ。


「私の決断が、一足遅かっただけです。セイジ様が気に病むことはありませんよ」


 レーラは柔やかにそう告げた。聖女様はどんな時でも笑みを絶やさなかった。

 少しして、レーラたちは飛空艇を手に入れた。一度、里帰りし救済の旅をすると父であるグレースランド王に打ち明けたら、銀の翼商会から購入した『ゴールデン・チャレンジャー号』を譲られたのだ。


 愛娘の旅への手向け、父王からの応援だったのかもしれない。が、レーラは、銀の翼商会で働いていた時にもらった給料――いや、ボーナスという形で全員に分配されたお宝、その自分の分で、しっかり船を購入した。


 国費で購入された船を、身内贔屓でタダで貰うわけにはいかない、とレーラは聖女らしく公平性を重視したのだ。


 こうして飛空艇を手にした時、レーラはメリンダから自分たちの組織に『名前』をつけようと提案された。集団で行動する以上、組織の名前はあったほうがよい。


 それで『銀の救護団』という名前が決まった。命名はレーラ自身によるもので、一同に反対の声はなかったという。


 それから3年、銀の救護団は世界中を巡り、災害時の救助活動、被災者支援などで活躍したのだった。自らの意思で、世界に羽ばたいた聖女の救護団は、今日もどこかの空を飛んでいる。



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