後日談14話:ドラゴン、生まれる


 卵が孵った。


 その中身は、ドラゴンではなかった――なんてこともなく、赤金色の鱗を持ち、やや背ビレ的な突起が激しいドラゴンの子だった。


「純粋なドラゴン種だな」


 ジンが言えば、アースドラゴンも頷く。


「眷属や下級の亜竜ではない。……フム、ファイアードレイク種かもしれん」

「それって強いのか?」


 ソウヤは確認する。アースドラゴンは仙人めいた顎髭を撫でた。


「かなり強い部類に入るな」

「へぇ……」


 感心するソウヤ。思ったより大物の卵だったようだ。ミストがドラゴンの子の鼻先をつついた。


「これがあの獰猛な火の一族の子供とはね……。意外と大人しいわね」

「生まれたばかりのドラゴンなんて、こんなものよ」


 クラウドドラゴンが言い、アクアドラゴンが顔を近づけた。


「おーおー、見るからに体温が高そうだ。こやつが将来暴れん坊になるなぞ、信じられるか?」


 ドラゴンの子がパチリと目を開けて、鳴いた。とっさに身を引くアクアドラゴン。赤ん坊ドラゴンが、その場にいたソウヤやジン、ドラゴンたちを見渡した。


「なあ、爺さん。刷り込みってどこまで範囲に入っていると思う?」


 ソウヤは素朴な疑問を発した。老魔術師は腕を組んだ。


「さあね。でもドラゴンなら、人間とドラゴンの見分けくらいつくさ。……つくよな?」

「……」


 ドラゴンたちは、一様に首を捻った。


「そんな赤ん坊の頃なんて覚えてないわよ」


 ミストの言葉に、それはそうだとソウヤは思った。


「でも影竜のとこのフォルスとヴィテスを見ていると、結構影響する気はする」

「フォルスに懐かれていたわね」

「ヴィテスがソウヤに懐くのは、かなり遅かったな」


 ジンも頷いている。


「それで、誰が面倒を見るんだ?」

「全員だろう?」

「私はパス」


 アクアドラゴンがさらに一歩下がった。


「水の竜たる私が、火の竜の面倒を見るなど、同属性の奴らに血迷ったなどと思われかねん!」


 属性違いでも特に、水と火の確執は根深い。


「ソウヤでよくない?」


 と、ミスト。クラウドドラゴンも「それがいい」とキッパリ。


「若いもんが育てればよかろう」


 アースドラゴンが、いかにも近いうちに他界するからと言わんばかりに、顔を逸らした。ソウヤはジンを見た。


「オレは今、リハビリ中だから、赤ん坊を抱っこできないぜ?」

「全員で面倒を見ればいいだろう。独りに押しつけるのはよくない」

「誰が育てるんだ? って最初に言ったのはアンタだろうが」


 そうだっけ、ととぼけるジン。場にいる人間、ドラゴンの顔の間を、赤ん坊ドラゴンの視線が行ったり来たりしている。


「名前はどうしようか?」

「ドレイク」

「知り合いのおっさん冒険者にいるから、却下」


 ソウヤは切り捨てる。エイブルの町の渋格好いい初老の冒険者だ。


「ネルソン?」

「何の話だ?」


 ジンの出した名前の意味がわからなかったソウヤ。そのジンは「忘れろ」と流した。


「そのうち生まれるとわかっていて、名前を考えていなかったとはね……」

「まだドラゴンが生まれるとも決まっていなかったしな」


 ファイアードラゴンなのか、レッサーなのか――卵からするとドラゴン種らしいという見立てだったが、生まれるまで正確に断定できなかったところもある。


「それはそれとして、この子……男の子? 女の子?」

「確認しよう」


 ジンが近づき、ついでクラウドドラゴンを手招きした。その結果――


「女の子ですね」


 ファイアードレイク種ドラゴンの赤ん坊は、女の子であることが発覚した。



  ・  ・  ・



 名前を考えよう、と言った時、ドラゴンたちはピンとこない顔をしていた。


 それもそのはず、ドラゴンは名付けはあまり一般的ではなかったからだ。ミストの場合は、そこがキリがいいから、そう呼んでいるが、実際はミストドラゴン――霧竜であって、呼び名に過ぎない。


 アースドラゴンも、クラウドドラゴンも、アクアドラゴンもそうだ。影竜もそうで、その子供たちに名前がついたのは、行動を共にしている銀の翼商会で、名前があったほうがいいという意見に押された結果だ。双子だったということもあるが、普通、親竜からしたら「我が息子」「我が娘」で済んでしまうのだ。


 しかし、やっぱりミストのように短く呼べるほうが、ソウヤやジンにはありがたい。赤ん坊をいちいち「ファイアードレイク」と呼ぶのも可愛くない。もちろん、これは人間の見方だから、ドラゴンに敬意を表して、あくまで呼び名としての名前という線でいき、その名をどうするかは、将来、赤ん坊ドラゴン自身に決めさせることにした。


 というわけで、暫定的ではあるが、フランス語で『炎』を意味するフラムと呼ぶことにした。


「生き物ってのは、最初に見た者を親だと思う傾向にあるそうだけど、誰が最初なのかな?」


 刷り込みはとはそういうものだ。生まれた後、つまり後天的に親を知る。生まれる前は、親の顔を知らないから、違う種族、生き物を親だと思い込み、ついていくのだという。

 が、生まれてしばらく、フラムは誰が、ということもなく、ソウヤやジン、ミスト、大竜たち構わず懐いていた。


「全員親だと思っているのかしらね」


 ミストは、そばに身を寄せてくるフラムを撫でてやる。ソウヤは苦笑する。


「爺さんなんかは、そばに寄られると苦労しているっぽいけどな」


 フラム――ファイアードレイクの体温が高いため、すり寄られると、かなり熱いのだ。同様にアクアドラゴンも、かなり鬱陶しがっていた。


「でもまあ、赤ん坊だと火のドラゴンも可愛いもんだ」


 聞いた話では、ファイアードラゴンの一族は、赤ん坊でも容赦なくスパルタらしい。弱いとあっさり殺されたり迫害されるので、殺伐した性格が形成されるのだという。親の要因が、かなり重要だと、しみじみ思うソウヤだった。



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次回、不定期更新。

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