後日談13話:勇者、ドラゴンになる
ソウヤがドラゴンに変身した。深緑の外皮は、大地属性系統のドラゴンかと思えたが、腹側は白い。とにかく白い。ミストドラゴンの色合いに似ている。高さは四メートルほどあり、中々の大きさだ。
「なんとまあ……」
ジンは苦笑した。変化がないか、毎日検査しようと言って、その翌日にはこのザマである。
アースドラゴンと、騒動に駆けつけたミスト。機械人形たちが無表情で様子を窺っている。
ソウヤドラゴンは何か言っているが――残念ながら、ジンはドラゴン語がわからない……ということもなく、普通にソウヤと対話した。ただし、ドラゴン語は人間には発声が難しいので、普通に人語で応対したが。
「何か心当たりは?」
『オレが何かしたわけじゃねえよ?』
「そうだろうね」
何かしたのか、わかれば苦労はしない。
『ただ、夢を見た』
「夢ねぇ……」
ジンは腕を組んだ。
「どんな夢を見た?」
『ドラゴンが出てくる夢だったと思う……』
ソウヤドラゴンは顔を上げた。
「思う?」
ミストが首を捻ると、アースドラゴンは言った。
「見た夢など、案外覚えていないものじゃ。我は最近、とんと見なくなった」
「それって忘れてるんじゃない?」
「おそらくな。お前はどうだ?」
逆に問い返されて、ミストは顔を背けた。覚えていないのだろう。
ジンは咳払いした。
「それで、ドラゴンがいる夢で、君は何かしたのか?」
『一緒に歩いた。……いや、走ったんだと思う。それから、皆、翼を広げて飛び立った。オレは――』
ソウヤドラゴンは目を細めた。
『オレも空を飛んだ。……ドラゴンになっていた、ああ、たぶん』
「原因はそれだな」
老魔術師の発言に、アースドラゴンとミストが見た。
『ドラゴンになった夢で……本当にドラゴンになる?』
ソウヤドラゴンの疑問に、ジンは頷いた。
「ああ、それで、自分をドラゴンだと思い込んだ。君の中の竜の血が反応したのだろう」
『いやいや、それで、ドラゴンになるとか――』
信じられないとばかりに、小さく首を振るソウヤドラゴン。
「そうだろうか?」
ジンは、自身のこめかみを指で押しながら目を閉じる。すると次の瞬間、その姿が一気に巨大化した。
「!?」
ミストとアースドラゴンが目を見開き、ソウヤドラゴンも口を開けっ放しになる中、老魔術師だったものが、全高5メートル超えのドラゴンの姿に変わった。群青色のそのドラゴンは翼を広げる。
「カ、カイザードラゴン!」
アースドラゴンが声を上擦らせた。ミストも驚く。
「カイザードラゴンって!? あの伝説の?」
「かつてこの世界に突然現れ、破壊をもたらし人間の国を滅ぼしたと言われる存在――まさか、そんな」
『やあ、そう呼ばれたことがあったが、まあ古い話ですよ』
皇帝竜の姿となったジンは、驚いているソウヤドラゴンに向き直った。
『カイザードラゴン云々はともかく、人間の思い込みの力なんて、本気を出せばこんなものだ』
『あんた、ドラゴンだったのか?』
『まさか。かつて人間だったし、気持ち的には今もそうだ。……おっと、間違っても神でも悪魔でもないからな、そこは誤解しないでくれよ』
カイザードラゴンは笑うと、その体を元の老魔術師の姿に戻した。
「体がドラゴンに変化したということは、逆も可能性はあるわけだ。ソウヤ、自分の元の姿を思い出して、その姿に戻ると念じろ。それで解決だ」
『本当か?』
「疑うな。それが失敗に繋がる。そもそも今の私を見ていただろう。それにミスト、アースドラゴンを見ろ」
ジンは、二人を指さした。
「ドラゴンだって人間の姿になれるんだぞ」
『わかった』
ソウヤドラゴンは目を閉じた。沈黙が数秒、十数秒と流れ、やがて変化が現れた。ソウヤドラゴンの体が縮み、人の形へと戻った。
「……戻った、か?」
「うーん、まだ少し」
ジンは、ソウヤの腕を指さす。肌の一部が鱗状になっていた。
「練習が必要だね」
「一回でそこまでできるなら上出来じゃない?」
ミストがニヤニヤしている。アースドラゴンもその仙人のように長い髭を撫でた。
「大したものだ。ドラゴンだってすぐに人化の術を使いこなす者はそうはおらん」
「いや、失敗だよ」
ソウヤは自身の腕の鱗を睨む。念じながら、腕を人間のそれに戻す。
「たぶん逆だったからだな。ドラゴンになれ、だったらこうはいかなかったと思う」
「人間のほうが、ソウヤにとってはイメージしやすいし、戻りたいという一心で意思の力も強く働いたのだろう」
ジンがそう解説した。人間からドラゴンではなく、ドラゴンから人間だったから、比較的上手くできた説である。真剣度合いも違ったということだ。
ミストが口を尖らせた。
「ドラゴンのほうがいいのに……。何が不満だというの?」
「不満っていうか……。いきなりだったからな。戸惑っていたんだ」
夢から覚めたら、別の生き物になっていた、なんて軽くホラーである。ジンは微笑した。
「だが、これで君は、練習すればドラゴンにも変身できる身になったわけだ。おめでとう、大地竜の後継者」
「言うなって。……それより爺さん、あんたのドラゴン姿――」
「ああ、カイザードラゴン? あれは5000年前な。ほら、私がクレイマン王として天上人を率いて、トルドア帝国と戦ったって前に言っただろう? あの時、ちょっと変化して暴れただけだ」
ジンはそう言ったが、アースドラゴンが何やら腰が低くなっている。ソウヤは首を振る。――いったい、何をやらかしたんだ、爺さん?
ともあれ、ドラゴン化のトラブルも解決し、以後、力の制御と共に、変身術についてソウヤは学び、身につけていった。
……そして、火山島から回収した卵が、ついに孵った。
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