後日談7話:火山島へ
時空回廊目指して、ディアマンテ号は、ファイアードラゴンのテリトリーのある火山島へ向かった。
世界の果て、北西にあるその島は巨大な火山があり、溶岩が海へと流れては蒸気を立ち上らせる。空を覆う雲、絶えず薄暗い島だ。
「見渡す限り、暑そうだ」
ディアマンテ号の船首近くの甲板から、火山島を見つめる。隣に立っていたジンが、手で仰いで風を起こした。
「もう充分暑いよ。……君は平気そうだな?」
「そんなに暑いか? まだ島に着いていないぜ?」
「私の顔を見ろ。そして噴き出している汗の数を数えてみればいい」
ジンは自身に風の魔法をかけたようで、ソウヤの肌に涼風を当てた。
「君はどうやら、ある程度暑さへの耐性も得たようだな。ドラゴン化の影響かな?」
「だとしたら、この体も満更悪くない」
「贅沢な悩みだな。身体能力は人間を凌駕し、気候の影響にも強い。健康優良児。スーパーマン。いったい何が不満なんだ?」
「一人で食事できないことかな?」
真顔のソウヤに、老魔術師はニヤリとした。
「ああ、そうだった。私より先に介護されるとはね」
「仕方ないだろう? 箸もスプーンも持てないんだぜ?」
ミストの血によるハーフドラゴン化。その剛力ぶりは、手に持った物を壊すか、壊さないように持てば、それを道具として使えないという有様だった
「君ほどスプーン曲げの達人は見たことがない」
「フォークとナイフもな。肉を切ろうと軽く力を入れただけで潰れるって、洒落にならないよ」
ソウヤが首を横に振る。潰さないように持つだけだと、今度はナイフで肉を切れないという。卵なんて、触っただけで潰れるのだから、目も当てられない。
「ま、救いはミスト嬢が、甲斐甲斐しく食事を口に運んでくれることかな。……イチャイチャしやがって」
「おい、爺さん!」
「おっと失礼。別に焼いていないよ」
ジンは冗談めかす。
「妙齢の女性に、『あーん』してもらえて、羨ましいなんてこれっぽっちも思っていないよ」
「……」
閉口するソウヤである。ただ、ミストは楽しそうだった。ここ数日、また距離が近づいてきたのを感じる。
自分がハーフドラゴン化したせいか、彼女を前にするとドキドキ度合いが高くなる。優しくされているから、特にやられてしまったようだ。
アースドラゴンがやってきた。
「火山島は、随分と静かだ。まるで抜け殻のように」
「それはつまり……」
「うむ。ドラゴンの気配がほとんど感じ取れない」
大地竜の化けた姿である仙人じみた老人は、船首側へと顔を向けた。
「この辺りにも風に乗って奴らの縄張りを主張する臭いは、漂ってきておる。だが、出てくる気配がまったくない」
船首最先頭にはミストとアクアドラゴンがいて、火山島を注視している。ソウヤたちもそちらへ合流する。
「島はもぬけの空よ」
魔力眼で島の様子を見ているのか、ミストの目が発光していた。
「この間の騒動で、島にいたドラゴンはほとんど出払ったようね」
「そいつは結構なのだ」
アクアドラゴンは唸った。
「面倒がなくていい。それでなくても暑苦しいのだからな!」
火属性の島に、水属性のドラゴン。ゲーム的な思考をするなら、お互い苦手傾向にあるが、ここでもそのようだ。
ジンが口を開いた。
「ならば、このまま船を近づけてもよさそうだな。……ディアマンテ、島上空に侵入。ただし警戒は怠るな」
『承知しました』
甲板なのに、ディアマンテ号の声が聞こえた。そういうところは、『プラタナム』を思い出させる。
「……あら」
「どうしたミスト?」
「島に火属性のドラゴンが二体」
生きているドラゴンもいたのか――ソウヤは身構えるが、ミストは首を振った。
「うーん、これは……死んでいるわね。どうも最近二体で争ったみたいだけど、相打ちで果てたみたい」
ドラゴン同士で戦ったのか――ソウヤは口を閉じた。元々ドラゴンは孤立主義で、群れるということはほとんどない。
その例外なのが、ファイアードラゴンの一族らしいが、その身内で争うとは、気性の荒さはさすがというべきか。
「なあ、爺竜。これはひょっとして――」
アクアドラゴンが言えば、アースドラゴンも首肯した。
「次のファイアードラゴンの座を巡って、争ったんだろうな」
魔王と戦い、ファイアードラゴンが命を落としたことで、次の四大竜の火、新たなファイアードラゴンと名乗るために、生き残っている若手たちで争う。実力主義のファイアードラゴン一族での、後継者の決め方というものである。
「となると……新しいファイアードラゴンが?」
ソウヤは息を呑む。眷属ともども、お留守である火山島だが、次のファイアードラゴンがいるかもしれない。アクアドラゴンとアースドラゴンの話しぶりからすると、若手のうちの最強が。
「どうかな」
アースドラゴンは、まったく動じる様子もなく言った。
「そんな強い個体の反応は感じられん。仮におったとして、ここに来るまでまったく手を出してこないというのも解せん」
ドラゴンは特にドラゴンの気配に敏感だ。アクアドラゴンとアースドラゴンほどの古竜が感じ取れないのでは、本当にいないのかもしれない。
「ソウヤ」
ミストが振り返った。
「神殿みたいな建物があるわ」
「それだ!」
アクアドラゴンが声を張り上げた。
「時空回廊はそこにある!」
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