後日談5:後継者の話


 大地竜の島。鬱蒼と生い茂る森と、ゴツゴツした岩地が目立つ、大海の孤島。昼間なのに霧がかかっているようで、一種独特の空気をまとっている。


 そしてここには、コカトリスやバジリスクといった、石化に関係する魔獣たちの宝庫だったりする。


「この島をゴーレムで突っ切ったのが懐かしいな」


 ソウヤは、初めてこの島に降り立ったことを思い出していた。アイアン1と名付けたゴーレムに乗り、石化の視線や、魔獣を回避した。あの時は聖女レーラを救うために、あの危険な島に行ったが。


 ――レーラは大丈夫かな。


 心配になる。魔王と戦い相打ちになったとされているソウヤだ。仲間たちは悲しんでいるだろうと思うと、後ろめたさがこみ上げる。……自分の死を悲しんでくれる人間がいるというのは、ソウヤとしても恵まれているかもしれないとは思うが。


「――というわけで、そこまで来ているんだけど」


 ミストが、水天の宝玉に言った。正確には、念話をアクアドラゴンに飛ばしている。


『おー、見えてるぞ。では、爺竜とそっちへ行くから、ちょっと待ってろ』


 宝玉からアクアドラゴンの声が響いた。ソウヤは苦笑する。


「……ほんと、あのドラゴン、口調が安定しないな」

「人語を喋ってくれるだけ、ありがたいと思わないと」


 ジンがやんわりと言った。


「最初はそれなりに気をつけていたようだが、もう遠慮なしだからな。ソウヤ、アクアドラゴンから信用、いや信頼されているってことだ」


 信頼しているから、砕けた口調になる、と老魔術師は言うのだろう。慣れてきたら、タメ口になるというやつ。


 ――アクアドラゴンが敬語を使っているところは、見たことがないが。


「ドラゴンから信頼されている人間なんて、そうはいないんだからね」


 ミストがニヤリとした。


「しかも古竜からなんて、特にね」

「遭遇した上級ドラゴンは皆、ソウヤには信頼を見せていたと思うがね」


 ジンは肩をすくめる。


「アクアドラゴンも、クラウドドラゴンも、アースドラゴンさえも君には一定の敬意を払っていた。あと、影竜親子も」


 それは光栄なことだと、ソウヤも思う。話ができる相手には、話してみるのは大事だと改めて感じる。


 ただし魔族は除く。あれは話ができる者も、いきなり襲ってくる。お話どころではない。そう考えると、まだドラゴンのほうがワンクッション置いてくれるだけあって、話しやすい。


 しかし、ファイアードラゴンはどうだったのだろうか、とソウヤは考える。問答無用で襲いかかってきた分、あれも思考は魔族に近かったのかもしれない。いや純粋な『怒り』の象徴であり、人類に対して憎悪と敵意で動いていた魔族とも違うか。


「ソウヤ、行くわよ」


 ミストに声をかけられた。考え事をしていて、どうも移動するのを聞き逃したらしい。

 アクアドラゴンたちが来るので、ディアマンテ号の甲板に行くということだった。あの石化魔獣の中を突っ切らなくて済むのはありがたい。



  ・  ・  ・



 アクアドラゴンがやってきて、飛空艇の甲板に降り立った。人型――青髪ツインテールの美少女に変身する彼女と、もう一人――


 お髭もふさふさの仙人のような老人がいた。


「まさか……アースドラゴン?」

「久しいの、人間の勇者」


 仙人――人化したアースドラゴンは目を細めた。上級ドラゴンが変身できることは知っているが、そういえばこれまで会ったドラゴンは、フォルスを除けば女性型ばかりだったので、少し新鮮である。


「ほぅ……お主から、ドラゴンの匂いがするぞ」

「それは私も気になっていた」


 アクアドラゴンが鼻をスンスンさせた。


「人間の気配もするが、ドラゴンの気配もする。……ソウヤ、いったいどうしたのだ?」

「あー、それは――」

「それはワタシのせいよ」


 ミストが口を挟むと、ソウヤの体に起きた変化について語り出した。アクアドラゴンはポカンとした顔で聞いていたが、アースドラゴンは、髭を撫でながら言った。


「ドラゴンの血は、他の生き物には濃すぎるからなぁ」

「ドラゴンに限らず、普通は他の生物の血を入れればおかしくもなりますよ」


 ジンが突っ込んだ。


「まあ、この程度で済んでよかったといったところでしょうが」

「しかし、ドラゴンの血に負けずに正気を保っておるのは、大したものよ。さすがは、勇者と呼ばれる者だけのことはある。……ふむ、ドラゴンになったというのなら、どれ」


 アースドラゴンは、ソウヤの前に立つと指を前に出して、ソウヤの服の上から腹辺りに何やら印のようなものをなぞった。


 老魔術師は訝った。


「今のは、何かのまじないですか?」

「ふむ、ソウヤにな、我が後継の証を授けた」


 素知らぬ顔で答えるアースドラゴン。ソウヤは目を丸くする。


「は?」

「はあぁぁっ!?」


 アクアドラゴンが大声を上げた。ミストも驚く。


「後継の証って……それは大地竜の? えっ? は?」

「どういうことだ、アースドラゴン!? ソウヤはドラゴンではないぞ!」


 ほんと、どういうこと?――ソウヤも困惑する。そもそも『こうけい』とはどういう字を当てているのか。光景? 口径?――まずそこから分かっていなかった。


「ソウヤも、片足をドラゴンに突っ込んでいるようなものだろう? 我はいつ天寿をまっとうしてもおかしくない身。後継者を選ばねばと思っておったが、どうにも我が大地属性ドラゴンどもは頼りにならんでの……」


 仙人風のドラゴンは片目を閉じた。


「この男は、我が島を横断――石化の試練をくぐり抜けておるしな。炎竜が代替わりするときて、我が大地竜の一族もまた、後継者を残しておかねば」

「だからって……」


 アクアドラゴンが、じっと、ソウヤを睨んだ。


「なにも寿命の短い人間の――半分ドラゴンとはいえ、ソウヤを大地竜の後継に選ばなくても……」

「ええっ!?」


 ようやく飲み込めてきたソウヤは、ようやく驚いた。


「そ、それって、オレが次の――」

「そう、伝説の四大竜の一角、大地竜アースドラゴンを名乗ることができるというわけだ……。我が死んだ後は、任せたぞ、ソウヤよ」

「おおーい、ジジィっ!」


 アクアドラゴンが、アースドラゴンに詰め寄っている。ソウヤは、話はわかったものの、いや正直何故そうなるのかわからないのだが、ただただ困惑するのである。


 そこでジンが咳払いした。


「何だかよく知りませんが、盛り上がっているところを失礼。そろそろ、誰か、クラウドドラゴンのことを思い出していただけませんか?」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

不定期更新です。


書籍版「魔王を討伐した豪腕勇者、商人に転職す-アイテムボックスで行商はじめました-」2巻、発売中! ご購入どうぞよろしくお願いいたします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る