後日談2:英雄の帰還
空間の隙間の先は、懐かしきアイテムボックス空間だった。
ジンが元の姿に戻ると――
「誰!?」
女の声がした。その声に、ジンは微笑む。
「やあ、ミスト嬢。久しぶりだ」
「……ジン! お爺ちゃん!」
「何で言い直した?」
そういえば、彼女からは『お爺ちゃん』呼びだった。しかしそれよりも――ジンは表情を曇らせる。
ミストは座り込んでいた。その膝の上に、男が頭を乗せて横たわっていて、さらに別の――焼け焦げたドラゴンがそばにあった。
「……これは」
ジンは言葉を失う。
全身が焦げて、翼も半分なくなってしまっているそれは、おそらくクラウドドラゴンではないか。しかし彼女は動かない。まるで置物のように。
そして、ミストが膝枕をしているのは――
「ソウヤ、か?」
「ええ、そう……」
ミストが愛しそうに、彼の頬を撫でた。
「ようやくここまで治ってきたのよ。ワタシの血をあげたからね」
「生きているのかね?」
「もちろん。ただ、ワタシが意識を取り戻した時は、かなりヤバかったけれどね」
ミストが言うには、魔王に後ろから刺されて意識を失い、気づいたら、このアイテムボックス空間にいたという。
クラウドドラゴンがミストを包み込むように抱きかかえて死んでいる一方で、ミストは生き長らえた。おそらく魔王の自爆から、クラウドドラゴンが盾となってミストを助けたのだろう。魔王に刺された傷で、その時は意識がなかったから推測だけど、と彼女は注意した。
「そして全身に大怪我をしたソウヤが、近くに倒れていた……」
ミストは言った。
「近くにね、ポーションが落ちていたの」
「ポーション?」
「ワタシの汗がブレンドされていた特別なやつ」
ジンが想像した通り、ソウヤは魔王の自爆の瞬間、とっさにアイテムボックスへ退避した。だがそれがまばたきの間の出来事とはいえ、爆発を認識した瞬間の熱と衝撃はすでに当たっていた。
生きているだけでも幸運。その刹那の判断が彼の命を守ったが、それでも瀕死だったのだろう。
しかし表にいるはずのミストとクラウドドラゴンのことが気になったソウヤは、ドラゴンの治癒を秘めた特製ポーションを飲んで、回復しきる前に再度現場に戻り、そこでクラウドドラゴンとミストを発見。アイテムボックスに回収したところで倒れたのだろう。
「それでも危なかったと思う」
ミストは目を細めた。
「ワタシは自力で回復できたけど、クラウドドラゴンはもう死んでいたし、ソウヤも特製ポーションを使っても生死の境を彷徨っているしで……。慌ててワタシの血を与えたわよ」
ドラゴンの血の再生力は、瀕死の生き物でさえ蘇らせる。しかし、ソウヤがもし特製ポーションを飲んでいなければ、ミストが目覚める前に命を落としていたかもしれない。
何か一つ間違えていたら、終わっていたかもしれない、とジンは思った。
「意識は戻ったのかね?」
「ワタシが知る限りはまだよ。……また十年、寝て過ごすつもりかしらね」
苦笑するミスト。先代魔王との戦いで、瀕死となり、十年間昏睡した勇者である。
・ ・ ・
ソウヤは意識を取り戻した。これにはほぼ寝ずに看病していたミストも大喜びであり、見守っていたジンも、友人の復帰を喜んだ。
だが、ソウヤは人間として正常ではなかった。
「……うん、目の色が黄色い」
ジンは、ソウヤを診断しながら告げた。
「まるで、爬虫類、いや、ドラゴンの目だ」
「……」
ミストは顔を背けた。
「……ワタシの血のせい」
「ドラゴンブラッドの過剰投与の要求だろうね」
ジンは顎髭を撫でた。ドラゴンの血は再生力は凄まじいが、そもそも血液である。自分に合わない血を受け付けないのと同じように、過剰に取り入れれば、投与されたほうがその力に耐えきれずに、異常や変化、あるいは死をもたらす。
ソウヤはアイテムボックスを操作して、手鏡を取り出すと覗き込もうとして――その握り手を潰してしまった。
「おまけにその豪腕ぶりもパワーアップしたな」
「皮肉に聞こえるぜ、爺さん」
ソウヤが言えば、老魔術師は肩をすくめた。
「ああ、皮肉だよ。君の体はドラゴンのそれに近くなっている。見た目は人間のままだがね」
「……デメリットは目の色だけか? 今のところ」
「ああ、君は実に運がいい。ドラゴンの血を取り入れて進化したいと願う人間が望むとおりの、理想的な変化をしたと言える」
「つまり、害はないの?」
ミストが不安げに聞いてきた。ジンは片方の眉を吊り上げた。
「今のところは、障害はないね。ただ、力のセーブを覚えないと、日常生活に支障が出るだろう。箸は握れないし、お碗も持つにも訓練が必要だ」
ちょっとしたリハビリだよ、とジンは告げた。
「なに心配いらないよ。ミスト嬢だって、人に化けるドラゴンにだってできるんだから、君にできないはずはないよ」
「そりゃそうだ」
ソウヤは満面の笑顔を浮かべた。
「あんがとな、ミスト。おかげで命拾いした」
涙ぐむミストは、感極まったかソウヤの胸に飛び込んだ。彼女を受け止め、その背中をそっと撫でながら、ソウヤは、ジンを見た。
「それに……おかえり、爺さん。また会えて嬉しいよ」
「ただいま。そして、生還おめでとう、我が友よ」
ジンもホロッときた。一時は死んだと聞かされていた友人と、また普通に話すことができるのは感慨深い。
「……あとは、クラウドドラゴンか」
ソウヤは立ち上がると、横たわる大竜の死骸。ミストを庇って魔王の爆発の直撃を受けたという。彼女をきちんとした場所にできる場所に埋葬できるよう、保存を兼ねてさらにアイテムボックスに収納した。
アイテムボックス内でアイテムボックスを使う。前々から違和感を抱くジンである。だがそこで、ソウヤの表情が変わった。
「どうしたね?」
「なあ、爺さん。クラウドドラゴンって死んだって言ってたよな?」
「そのはずだが? なあ、ミスト嬢?」
「そのはずだけど……どうしたの?」
「いや、この収納表示なんだけどさ……」
ソウヤは不思議そうな顔をする。
「『クラウドドラゴン(仮死)』ってなっているんだけど……ひょっとして、まだ助かったりする?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――次話は明日投稿。
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