後日談1:クレイマンの帰還


「――やれやれ。随分と時間がかかったかな」


 ジンは帰ってきた。この世界ではクレイマンと名乗り、かつては王だったこともある。


 ウェルド大陸を巻き込んだ魔王軍とファイアードラゴン眷属の攻勢。人類の危機を救うべく、魂収集装置を用いた作戦を実行した、勇者ソウヤと銀の翼商会。


 だが作戦は、霧の海の魔女リムの策略で、異空間の門を開いて、元の世界へ飛ばすというものに代わり、サフィロ号に乗っていたジンも、それに巻き込まれる形で、霧の海世界へと飛ばされた。


 懐かしき霧の海。ジンにとっては、一度踏み入れた異世界のひとつ。そこで一緒に飛ばされてきたドラゴンの眷属と一悶着あったのだが、無事始末をつけた。エイタたち海賊団の冒険を手助けし、それを見守った後、勇者ソウヤのいる世界へと戻った。


「おっと、さすがにこれでは、ソウヤたちも私がわからんか」


 この世界では、老魔術師だった。――戻る時間は……異空間の門を通過した直後あたりでいいだろう。


「はてさて、魔王との戦いの決着はついているんだろうか……?」


 リムが開いた異空間の門に流されたジンだったが、霧の海世界には、魔王の天空城は転移しなかった。


 つまりは、あの世界に残ったということだ。ドラゴンの眷属でさえ、生き残りがいたのだから、魔王が魂収集装置にやられたとは思えなかった。


 ソウヤは、あの世界では一度魔王を倒している。その息子が新たな魔王となったが、もう決着はついたのだろうか……?



  ・  ・  ・



 勇者ソウヤは死んだ。


 ジンが戻った時、魔王軍との戦いは終わっていた。異空間の門が消えてすぐの時間に合わせて戻ってきたつもりだったが、誤差によりかなりズレてしまっていた。


 異世界トラベラーのジンといえど、タイムトラベラーではないので、そこまで正確に指定ができるわけでもなく、一度着いてしまえば、そこから時間を遡ることは不可能だった。


 ジンは、すぐに自身の浮遊島と連絡をとった。


 すぐに迎えがやってきた。


「お早いお帰りでした、ご主人様」

「やあ、ヴェルデ、報告を頼む」


 緑髪の人形メイドは、ジンに頷いた。


「はい、ご主人様とソウヤ様の消息が不明になった場合の指示に従い、浮遊島の潜伏とリッチー島の撤退は完了しております」


 クレイマンの遺産について正確に知っているのは、ジンとソウヤのみ。次にライヤー、ミストあたりも知ってはいるものの、クレイマン王本人と勇者ソウヤがいなくなった場合、それを狙った者たちが手を出してくるのを防ぐための処置をとっていた。


 銀の翼商会には残しておいても、と思ったが、万が一、外部勢力が遺産の存在を知って探りにきたら、ジンもソウヤもいない銀の翼商会は潰されてしまう危険性が高かった。だから、雲隠れを選んだのだ。


「ソウヤが死亡したというのは、確かなのか?」

「おそらくは。ソウヤ様、ミスト、そしてクラウドドラゴンが魔王と戦ったようですが、遺体は確認されておりません」

「遺体は見つかっていない?」

「爆発で蒸発してしまったものと推測されます」


 蒸発――消滅。ジンは顎髭を撫でた。ソウヤはもちろん、ミスト、クラウドドラゴンなしの銀の翼商会は、かなりの弱体化である。


「それで、その銀の翼商会は?」

「現在は、ほぼ活動停止状態です。各国での勇者追悼行事などに出席しているようです」

「……当面は、商業活動どころではないか」


 というより、アイテムボックスを管理していたソウヤがいないのでは、その業務もほとんど不可能ではないか。何人かは、物資輸送オンリーのアイテムボックスを持っていたから、それを活用した運び屋は可能だろうが……。


「はてさて、どうしたものか」


 今、自分が残っている銀の翼商会メンバーと会えばどうなるか考えてみる。リーダーはソウヤだったが、その補佐として、商会ではナンバー2の位置にいた。


 商会を引き継ぐ立場に立たされるのではないか。指揮官がいなくなれば、その次の者が指揮官になって――というやつである。


 ――面白くはあったが、私は別に商人になりたいわけではなかったからな。


 それならば気ままな冒険を楽しんだほうが楽だ。


「とりあえず、ソウヤと魔王の決戦の場に行ってみるか。彼が死んだなどと信じたくはないが、もしそうなら友として冥福を祈らねば」

「承知しました」


 ジンは飛空艇に乗り、勇者の最期の地へと赴いた。



  ・  ・  ・


「これは、また……」


 ジンは、勇者と魔王の最期の地となった爆発跡地に降り立つ。


 巨大なクレーターができていた。まだ、破壊からさほど日が経っていないからか、地面は剥き出し。しかし破壊の跡は凄まじく、なるほどこれは助からないと思った。


「私にとっては一年ぶりなのだが、ここではまだ数日なんだな」


 老魔術師はひとり呟くと、破壊の中心地を眺める。恐るべき爆発。おそらくソウヤと魔王はその中心にいただろう。


「アイテムボックスの中に退避できれば、ワンチャン……」


 ジンは、彼がアイテムボックスハウスへ行く入り口を、虚空に触れただけで秒で作るのを何度も見ている。とっさに入り口を作り、その身を入れられれば、即死を免れたのではないか。


「だが、それでも重傷は免れないだろうな」


 全身の肌は焼け、鼓膜は破れ、人体へのダメージも相当の瀕死ものだろう。アイテムボックス内に退避できても、そこで命尽きる可能性も高い。

 そこまで考えて、ふとジンは苦笑する。


「それでも私は、彼が間一髪助かったのではないかと考えてしまうわけだ」


 あのソウヤが簡単にくたばるものか。友人としての立場が、そう思わせるのだろう。――彼は死なない。死んでいるものか。


 ジンは、爆心地の周りをキョロキョロと見回す。どこかに、アイテムボックス空間への入り口はないだろうか?


 ソウヤの生存を信じる心が老魔術師にそのような行動をとらせた。


 だが、よく考えれば、銀の翼商会のメンバーたちも、同じことをしたのではないか。彼の生存を願っているのは、彼らも同じだ。

 セイジにソフィア、レーラにリアハ、ライヤーも。


 だが彼らは見つけられなかった。だから世界では、勇者の死が伝わっているのだ。


 そこでジンは、空間に小さな、ほんの小さな乱れを見つけた。これはもしや――?


 老魔術師は、その空間の針の先ほどの穴に触れた。異空間の気配。アイテムボックス空間――


「見つけた……!」


 ジンは自らの体を変え、光となってその隙間に入り込んだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

次話は明日更新。


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