第641話、アイテムボックス
プラタナム号は、魔王竜へ突き進んだ。
灰色の巨大竜の周りでは、ミストドラゴンとクラウドドラゴンが飛び回っているが、その体格差は天と地ほどの差があった。
――十年前の魔王より、でかいぜ……。
遠目からでもその巨体がわかるのだから、相当である。アイテムボックスに封じた魔王のドラゴン形態よりも遥かに大きい。
「さて、プラタナム。オレはこの世界での十年前、魔王をアイテムボックスに放り込んだ。今回もその手で行こうと思う」
『そのほうが周囲への被害も少なくて済みます』
機械的に、プラタナムは応じた。時々魔王竜が吐き出すブレスが大地をえぐり、山を吹き飛ばしている。
ここより遠いが、人類連合の飛空艇艦隊にも、流れ弾が当たりそうで怖い。
「それでいかにも最後感出しているんだが、つまるところ、オレはあいつに触れれば勝ちだ」
『はい。それで私は魔王に肉薄すればよろしいのですよね?』
確認してくるプラタナム。ソウヤは首を捻る。
「転送で飛ばせないかな?」
そうすれば、プラタナム号を傷つけられることもなく、決着がつけられる。
『残念ですが、それは難しいと言わざるを得ません』
「理由を聞いても?」
『まず、魔王竜が動き回っています。あなたを転送したとして、そのまま触れられずに落下してしまう恐れがあります』
「触れないんじゃ、意味がない」
ソウヤは苦笑する。
「逆に、魔王のほうを転送できないか?」
『あのサイズをどこに転移させろと? あなたの真上に落としたら潰れるのはあなたですよ?』
「どうして落とすこと限定なんだ?」
『まあ、はっきりといえば、あのサイズは私の転送限界を超えているので、元から転送不可なのですが』
「おい! それを早く言えって」
もう何だかんだで、魔王竜に近づいているプラタナム号である。さすがに魔王竜も気づいた。
「ブレスが来る!」
『何かに掴まって!』
プラタナム号が回避機動を取る。振り落とされそうなほどの力で、船外へ放り出されそうになるソウヤ。そこへ魔王竜の雷のようなブレスが放たれた。
「くそっ! 心臓が止まるかと思った」
直撃はしなかった。だがかなり近いところを通過したようで、実は触れたんじゃないかと感じるように肌がひりついた。
『大丈夫ですか、ソウヤ?』
「見ての通りさ。……見えてる?」
どこから見ているのかは知らないが。ブレスを回避した影響で、プラタナム号は軌道を大きく外れ、再アタックのために旋回をする羽目になる。
『問題なさそうですね』
「お前はやられてないよな、相棒?」
『若干、計算に狂いが出ました。大丈夫、修正済みです』
管理システム――コンピューターとしてのプラタナムの機能によくない影響ではないか。機械と雷は相性が悪いのかも。
『それより、飛び移る準備を。あなたは結果として魔王にダイブすることになるでしょうが』
「魔王を収納しても、拾われなきゃオレも落下死か。やれやれ……」
『大丈夫、その時は私も墜落しています。機械と人間ではあの世は違うでしょうが……」
あの世を信じて、という言葉が出る前に、プラタナム号は魔王竜へ突っ込んだ――が、外れ。体当たりを察したか、魔王竜が避けたのだ。
「あの巨体でよく動く!」
『それほど位置は変わっていないのですが。次は当てます』
「嫌だねぇ……」
プラタナム号が当たるということは、ぶっ壊れるということでもあるから。
「防御手段とかないの?」
『あなたが魔王に直接触るためには、そうした障壁防御系はかえって距離を作ってしまい、より困難になります。私のことはいいので、さっさと決めちゃってください』
三度目のアプローチ。魔王竜の顔の周りをミストドラゴンが飛んで注意を引いている。
『スタンバイ。アプローチ――』
ソウヤは甲板右にて身構える。魔王竜の長い長い体に、プラタナム号が肉薄。竜の鱗のひとつひとつがはっきり見える距離。
と、そこでプラタナム号が急に回頭した。船体は横に滑るように尻を振り、右舷から魔王竜にぶつかった。
衝撃で倒れそうになるのをこらえ、投げ出されるのをソウヤは回避。だがこのまま振動が収まるまで待つのはできない。
と、そこで船体が傾き、まるで打ち出すように甲板が魔王竜の方へ傾く。
跳べ!
一歩を踏み出した。船の傾きがジャンプ台のようにソウヤを押す。
そしてジャンプ。上手く力が入りきらなかったが、ソウヤの体は宙に飛び、プラタナム号船外へと落ちた。魔王竜の体に手を伸ばし――
届け……!
勢いがなくなって落ちるのが先か、タッチが先か。
――届け……っ!
伸ばした右手が、灰色の鱗に触れた。というよりぶつかった。魔王竜も動いているから。しかしそれで充分。
「収納!」
アイテムボックスが発動する。先代魔王と同様、新たな魔王もまた、時の流れない収納空間へと引き込まれる。
前回があれだけ苦労したが、一度やっている以上、使わない手もない。ゲームだったら、バク技でラスボスを倒すようなものだろう。
あっけない終わり方だ。
それはそれとして、魔王竜が消えて、ソウヤもまた地面へと落ちていく。
「こんなことなら、飛行とか浮遊の魔法を覚えておけばよかったな……」
結果として、勇者は魔王と相打ち――これでは前回と同じではないか、と思った。何だかんだ死なずに生きていたが、今回はさすがに無理だろう。
風が吹いた。落下で風圧を受けていたにも関わらず、それでもさらに強い風に直撃を感じた。
ソウヤの体は舞い上げられて――
『やったわね、ソウヤ』
霧竜――ミストドラゴンの背中に乗ることができた。
「よう、ミスト。助かった………」
落ちないとわかった途端、ソウヤは心の底からホッとした。覚悟したつもりだったが、いざ助かったのを実感した時の安堵感は凄まじく、全身にジワリと広がっていく。
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