第642話、勇者の意志


 勇者は自身の持つアイテムボックスに、魔王を封じた。


 ソウヤはミストドラゴンの背中に乗り、辺りを見回す。ゆっくりと降下する霧竜に、クラウドドラゴンが近づく。


『うまく乗れたようね、ソウヤ』

「クラウドドラゴンか。さっきの風はあんただったか? ありがとうな」

『どういたしまして』


 風の大竜は淡々と礼に応えた。彼女ならば、ソウヤの落下を押し返す強さの風を起こすなど朝飯前だ。


「プラタナムは?」


 魔王竜に側面から衝突した飛空艇はどうなったのか? 魔王を収納することに神経を集中させていたから、見ていないのだ。


 プラタナム号は右舷を下に墜落していた。エンジン部分が潰れて吹き飛んだのか、後部から煙が上がっている。


 燃えているのなら消し止めれば、まだ修理できるのではないか? 


 ソウヤはミストドラゴンに呼びかけた。


「降りてくれ」


 霧竜とクラウドドラゴンは、墜落したプラタナム号のそばへと降下した。ソウヤがドラゴンの背から降りると、彼女は人型の姿になる。


「魔王も捕まえたし、後はプラタナムを何とかすれば、今回の騒動はこれで決着ね!」

「魔王軍も壊滅したし」


 クラウドドラゴンも灰色髪の女性に変わる。


「ファイアードラゴンの姿もないところから見て、あれも片付いたでしょう」

「いれば、今頃暴れまわっていたでしょうし」


 ミストがニンマリとしたところで、不意に声が割り込んだ。


「ほう、誰を捕まえたって?」

「!?」


 その瞬間、ミストの腹部から剣が突き出した。ソウヤもクラウドドラゴンもギョッとする。


 ミストの背後に、人が立っていた。


 銀髪の青年だ。しかし身に纏う黒き甲冑は、身分の高さを感じさせる。天空城をアイテムボックスに収納する前に、クラウドドラゴンと戦っていた敵で、魔王竜になる前の姿ではないか。


「ミスト!」


 光り輝く剣が、彼女の体から引き抜かれる。ミストは力なく倒れた。


「お前ぇっ!!」


 ソウヤはアイテムボックスから斬鉄を取る。青年はすっと、ミストを跨いで前に出た。


「どういう手品を使ったかは、知らないが、貴様は実に危険だ」

「……」


 ソウヤは斬鉄を構える。だが内心では、疑念が渦巻く。


 ――俺は、魔王をアイテムボックスに収納したはずだ……!


 魔王竜にプラタナム号が衝突し、それと引き換えに時間の止まった空間へ放り込んだはず。

 それが何故、外で平然としているのか。


「何を不思議そうな顔をしている? ……身代わりだよ。立場上、私は簡単に死ぬわけにはいかないからな。保険はかけておくものだよ」


 その保険が何かはわからないが、アイテムボックスに収納したはずの魔王を、そこから逃す何かだったのだろうか。随分とチートな身代わりだ。


 アイテムボックスの中身リストを確認したいが、さすがに魔王を前にして、よそ見をしている余裕はない。


「決着をつけよう、勇者。我が父の仇である」

「親父さんは生きているって言ったら信じるかい?」


 ガッ、と魔王ドゥラークが地を蹴った。一瞬で詰め寄り、手にした光りを纏う剣が繰り出される。


 刹那。一閃。瞬きの間の斬撃を、ソウヤは大剣で阻止した。


「ほぅ?」


 ドゥラークはニヤリとした。


「さすがだ」


 魔王が連続して剣を繰り出した。それは光。だがソウヤは防ぐ。突き、切り、払い、あらゆる方向からの多彩な猛攻を、斬鉄は弾いた。


「見事だ、勇者。……だが!」


 秒速で放たれる魔王の剣に、斬鉄が欠ける。ヒビが入り、端が欠け、ボロボロに砕けていく。


 元々剣の形をした塊といった斬鉄も、今や大剣の形を留めていない。刃は欠け、もはや斬ることもできない金属の棒は、しかし折れない。


「よい剣だ。だが、この太陽の剣には耐えられまいっ!」


 魔王の斬撃に、斬鉄が折れた。否、砕けた。まるで最後まで折れるのを拒んだかのように。


 見事だ――魔王は、勇者の持つ大剣の不屈の魂に、ほんの一瞬敬意を抱いた。あの愚かな炎の大竜よりも、遥かに誇り高い。


 だがこれで――


 魔王は勝利を確信する。次の瞬間、勇者の体を太陽の剣が引き裂いて……。


 光が走った。


 突然、ソウヤの手に新たな剣が現れ、ドゥラークの一撃を防いだ。


 清き光を宿した神聖剣――ディバインブレード。勇者の剣だ。


 ドゥラークは一瞬心臓が止まった。


 神聖剣を見たからではない。剣を持った勇者の目を見て、その鋼よりも固い意志を感じたのだ。


 いや感じたなどという生易しいものではない。その意志は力を持って、魔王の精神を威圧したのだ。


 ファイアードラゴンからさえ感じなかった威圧感。そしてその熱き意志が、マグマのようにドゥラークの精神を飲み込んだ。


 ソウヤは神聖剣を振るった。途端に、ドゥラークは守勢に回った。攻守が逆転した。


 速い。これまで見てきたどの攻撃よりも。


 重い。これが人間の繰り出す力だというのか。


 一撃一撃が、強靱な体を持つドゥラークの神経を痺れさせ、腕に負荷が掛かる。軋む、体が悲鳴を上げる。


 魔王を倒す存在。


 その名は勇者。その豪腕は魔王さえねじ伏せる。圧倒的なスピードとパワー。


 太陽の剣は折れない。だが、ドゥラークは反撃の間すら掴めない。剣を前に出しても、防ぐ以上は進めない。出せない。


 ――これは、死んだな……。


 ドゥラークは己の運命を察した。これが勇者、魔王を倒せし者。その剛の者と最後に刃を交わせたことは、我が人生の最期にふさわしい。


 ――だが……!


 剣が弾かれた。次の瞬間、ディバインブレードがドゥラークの胸を貫いた。全身を駆け巡る浄化の炎。


 ――私は負けず嫌いでね。


 続きはあの世で。


 ドゥラークの体がエネルギーとなり、広範囲爆裂魔法を発動させた。爆発がソウヤの体を飲み込み、辺りを焼き払った。

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